読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫 1997)古代ギリシア哲学へのすぐれたガイド

ソクラテス以前の哲学者のテクストを読んでおこうと検索してヒットした著作。はじめの210ページが廣川洋一による解説。ついで150ページが各哲学者の残存テクストの日本語訳。
断片的なものから思想の核心と各哲学者の思索の違いの意味を読み取っていく解説文にはかなり驚かされた。しっかりした学問的蓄積を消化した上での一般向け紹介なのだろう。哲学者たちの残した断片を読むだけではなかなか読み取ることのできない、哲学史的な意味などもしっかり教えてくれる手堅い著作になっている。1987年に講談社から同題の単行本が刊行されていたものに、文庫化にあたって手を加えたことで、より完成度が増したのだと思う。原テクスト目当てで手に取ったのだが、解説によって原テクストの魅力がいっそう際立つものになった。
以下のデモクリトスの原子論における魂の教育についての原テクストと解説文から、本書の魅力が伝わってくれると嬉しい。

素質と教育は似ている。なぜなら、教育は人間を再形成し(metarhysmoi)、再形成することによって素質をつくり出す(physiopoiei)からだ。 (断片33)

 

原子論の教説によれば、ものの感覚的性質の差異は、原子の形態(rhysmos)、配列向きの違いによって生起するとされていたことを思い出そう。
人間の素質としての魂は、その原子的構成において、生成した時のままに固定されているものではない、というのがデモクリトスの説であるといえるだろう。素質(ピュシス)は生まれながらのものであり、不変不動なものとみる伝統思想にたいして、彼の立場はこれとは正反対の位置にあることが注目される。デモクリトスにおいて教育の可能性はきわめて高く評価されているといえるだろう。
(第一部 九章「自然哲学の地平を超えて」p170-171 太字は実際は傍点)

 

魂に関しても原子論的に一貫して考察しているデモクリトスに気付くには、やはり専門的な導き手が必要なのだと思う。ほかの哲学者についても、漫然と原テクストを読み通しただけでは、気づかないことがいろいろあった。

 

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【付箋箇所】
24, 65, 70, 78, 85,91, 94, 98, 104, 118, 133, 152, 169, 174, 180, 209, 220, 222, 228, 231, 240, 243, 244, 248, 255, 275, 316, 317, 325, 332, 343, 346

目次:
第一部 ソクラテス以前の哲学者 その思想
 1 「ソクラテス以前」について
 2 哲学者の先駆者たち
 3 ミトレス派の人びと
 4 クセノパネス
 5 ピュタゴラスピュタゴラス
 6 ヘラクレイトス
 7 パルメニデスとエレア派
 8 自然哲学の再興
 9 自然哲学の地平を超えて
 10ソフィストたち
 附録 自然(ピュシスについて)


第二部 ソクラテス以前の哲学者著作断片
 1 アナクシマンドロス
 2 アナクシメネス
 3 クセノパネス
 4 ピロラオス
 5 ヘラクレイトス
 6 パルメニデス
 7 ゼノン
 8 メリッソス
 9 エンペドクレス
 10 アナクサゴラス
 11 デモクリトス
 12 プロタゴラス

廣川洋一
1935 - 2019