読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

金子信久『日本おとぼけ絵画史 たのしい日本美術』(講談社 2000)おとぼけをぼけずに見つめる幸せな時間

美の中心地域の美の中心をはずれたところに存在する日本独自の美のすがた。ゆるい、あまい、にがい、変態。正統と正面から闘う必要がないところで棲み分けができた日本の懐の深さというかだらしなさ。柄谷行人が『帝国の構造 - 中心・周辺・亜周辺』で示した中国の亜周辺としての日本の姿が、実際の作品で確認できることの有難さ。漢詩の世界ではあまり感じることができなかったので、美術工芸の領域が日本の優位性があるところなのかもしれない。日本の文芸方面は漢詩以外に和歌、俳句があり、分散してしまっているけれども、分散が許される地域性ということを享受すればよいのかのしれない。
今回ハマった系統のひとつに、禅画おとぼけ系がある。白隠、仙厓筆頭に真面目って何?と問いかけていそうな禅画がいくつか収められているなかで、黙雷宗淵(1854-1930)の雪達磨図(p38)が所有欲を掻き立てる。個人蔵、ってすごい羨ましい。笹を咥えた素っ気ない顔をした雪だるまのバストショットに、本人がしたためた賛の書の美しさが、充実した空間を形づくっている。あたし笹咥えてる雪のかたまりですけど、何か? という肖像画に、禅の世界で有名な証道歌から一節が画賛として引かれていて、その書が素人にもじんわり染み入るかどのとれた書体で、画と書と余白の空間全体のバランスが堪らない。

幻化空身即法身
法身覺了無一物

幻化の空身、即、法身
法身覺了すれば無一物


存在のエロスを感じさせる、無一物との境を表現する筆のやわらかな線。証道歌の冒頭、五-六句からの引用。画の淡さと字の濃い丸みのバランスが心地よい。文字を書き、絵をしるす。筆を動かして自分を表現する、自足の時間の、自在で強要のない貴重な時空の出来。かどのとれた日本的感覚が生きている世界の結界が軽やかに張られている、軽快な一冊。

 

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000189717

【付箋箇所】
34, 38, 71, 118, 144

目次:
禅画 別世界の住人たち
俳画 おかしみを芸術にする
南画 アカデミックの上をいく
かたちが心をゆるませる
苦い江戸絵画
素朴という感じ方
お殿さまの絵ごころ
大正時代のおとぼけ芸術
ヘタウマ 乱暴きわまりないこの言葉

金子信久
1962 -