読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

中沢新一『日本文学の大地』(角川ソフィア文庫 2019, 角川書店 2015)不合理なものの蠢きに感応する批評眼

もとは1990年代後半『新編日本古典文学全集』の月報に連載されたエッセイ。オウム真理教地下鉄サリン事件などの影響で仕事がなくなっていた時期の著述。同時期の作品に『フィロソフィア・ヤポニカ』(2001)がある。
神秘主義的でいかがわしいところもある中沢新一だが、文学作品に向ける眼差しは異界に対する感受性と相まって独特で、目を見張るものがある。角川文庫のウィリアム・ブレイクの詩集『無心の歌、有心の歌』の解説や小澤實との対談本『俳句の海に潜る』などとともに、本書も古典作品を現代的に引きよせる力技に他の者が真似のできない独自な魅力がある。奈良時代から江戸時代後期まで、作品が書かれた時代の社会背景とともに焦点を合わせて語られるのは、時代ごとに異なる現われ方をしている人間精神のカオティックな蠢き。万葉集に現われる国家成立以前の自然と親和的な共同体的精神から、江戸時代の貨幣の動きに翻弄される庶民レベルの精神まで、時代時代の無意識が言語化されている表現に切り込んで、サンプリングしながら案内してくれる。たとえば、こんな感じ。

おさん、茂兵衛の数奇な運命をあやつっているのは、「さだむ因果」という、世間の法を超え、人間の制御を超えた、宇宙のダルマなのである。それは、無数の因縁の糸が、複雑に絡みあいながら全体運動を続けていく、超理性的な力であり、その力はときおり噴出して、当事者たちを、世間の法の埒外へと追いやっていくのである。そのとき、近松の劇の主人公たちは、人間のものとは違う動きをする抽象的な力にさらされ、しかもその力は複数の方角から、彼らのもとに雪崩れかかるように結集してくるのだ。
その様子は、まったく人形劇の仕組みそのものではないか。
(「近松門左衛門」 p238 )

人形浄瑠璃台本『大経師昔暦』の場面を紹介しながらの解説。直前で『日本書紀』における国家出現時に王に付与された過剰のイメージについて語り、直後は金春禅竹謡曲と芸道論を取り上げながら中世的なアナロジーの思考のラディカルさを語っている。数百年単位で時代を行き来しているために、連続して読むと酔いのような感覚も出て来る。作品掲載の順序は意図したものではなく、おそらく全集刊行順に従ったまでのことと思われるが、通時的な紹介では味わえない揺り戻しのクラクラ感が味わえる。変わっているが、変わり者の凄さを単純に味わうことのできる、お勧めの一冊。

www.kadokawa.co.jp


目次(時代と作者等の情報を追記):
源氏物語
 時代:平安時代中期 1000年ごろ
 作者:紫式部 970/978 - 1019 くらい

万葉集
 時代:奈良時代末期 759年から780年ごろ
 編者:大伴家持 718? - 785

新古今和歌集
 時代:鎌倉時代初期 1201年から1210/1216年ごろ
 編者:藤原定家 1162 - 1241 など
 
歎異抄
 時代:鎌倉時代後期 1300年ごろ
 作者:唯円 1222 - 1289
 師 :親鸞 1173 - 1263

東海道中膝栗毛
 時代:江戸時代後期 1802 - 1814
 作者:十返舎一九 1765 - 1831

松尾芭蕉
 時代:江戸時代前期
 作者:松尾芭蕉 1644 - 1694

栄花物語
 時代:平安時代
 作者:赤染衛門 956? - 1041? ほか

日本霊異記
 時代:平安時代初期 822
 作者:景戒

蜻蛉日記
 時代:平安時代
 作者:藤原道綱母 936? - 995

雨月物語
 時代:江戸時代後期 1768 - 1776
 作者:上田秋成 1734 - 1809

太平記
 時代:14世紀 語りの対象は1318 - 1368
 作者:小嶋法師

井原西鶴
 時代:江戸時代前期
 作者:井原西鶴 1642 - 1693
 作品:『好色一代男』1682、『日本永代蔵』1688、『世間胸算用』1692
 
大鏡
 時代:平安時代後期
 作者:未詳

宇治拾遺物語
 時代:鎌倉時代前期 1212 - 1221
 編者:未詳

夜の寝覚
 時代:平安時代後期 11世紀後半ごろ
 作者:菅原孝標女 1008 - 1059?

日本書紀
 時代:奈良時代 720
 編者:舎人親王 676 - 735 ほか

近松門左衛門
 時代:江戸時代前期
 作者:近松門左衛門 1653 - 1725

禅竹
 時代:室町時代
 作者:金春禅竹 1405 - 1471

謡曲 江口
 時代:室町時代初期
 作者:観阿弥 1333 - 1384 世阿弥 1363 - 1443


中沢新一
1950 -