読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

矢島新『日本の素朴絵』(PIE International 2011)と『葛飾北斎 世界を魅了した鬼才絵師』(河出書房新社 2016)

日本美術の本を二冊。


矢島新『日本の素朴絵』は、先日読んだ金子信久『日本おとぼけ絵画史 たのしい日本美術』の流れで、精緻さや厳密さにはに向かわない趣味嗜好にもとづく絵画表現の紹介本として参照してみた。第一章の作者が誰かよくわからない「絵巻と絵本」で紹介されている絵の数々は、技術とは一切関係のない幼稚園児か小学生が書き殴ったような自然さがある。絵とともに書き込まれている書は、修練のあとが感じられる整ったものなので、そのアンバランス感も不思議で、個人的には居心地が悪い。絵心がない人が描くバランスを欠いた動植物や建造物の典型のようなものが出てきているので、同じ絵心のない人間としては、見ていてちょっと苦しくなる。下手ということを気にしはじめたら、楽しくはなくなる。絵心のある人はそこに作為のなさを見出だしたりも出来るかもしれないが、精一杯頑張ってもうまく描けなくて、もういいかという絵を描いていた時の自分の気分を投影してしまって、長くは見ていられない。二章以降は、それなりに技術のある人が力まずに表現した軽快で躍動感のある事物が親密さをもって迫ってくるので、こちらは純粋に楽しく眺めていられる。茶目っ気のある飄逸な描線が心をほぐす。図版62、「ぢいもばばも猫もしゃくしも踊りかな」の句とともに与謝蕪村円山応挙が酒宴の席で描いたであろう共作即興画は、18世紀後半の巨頭がそろって遊んだ芸術で、力を抜いても出て来る技術の確かさ、線一本でこともなく美しさや流麗さを表現できてしまう楽しさが溢れ出ていて、まあ羨ましい。軽妙洒脱。軽さの芸術。川遊びができるような清い日本的な小川をめでる価値観といったところだろうか。


素朴絵と併せて読んだもう一冊は、絵手本で絵を描く技術を巧みに伝える仕事もなした葛飾北斎の浮世絵と挿絵の領域を紹介した一冊(肉筆画は対象外)。葛飾北斎は高等技術や目を見張るデザインで画面いっぱい仕上げても、あくまで軽やか。線が詰まっていても躍動感があるため渋滞感がなくうるさくない。だとえば40ページに掲載されている図版、奈良県立美術館蔵の「新版浮世絵化物屋敷百物語の図」という横大判錦絵は、障子戸など細かい樹木の線で表現される日本の家屋を透視図法で描き、そのなかに六人の人物と少なくとも十一体の化物が緻密に描き込まれている密度の高い造形なのだが、すこしも窮屈さを感じさせない。十一体それぞれの化物が攻める方向と、逃げようとしている六人の人物の方向がそれぞれ違い、次の動作をするための空間を十分に感じさせることができているため、息苦しさなく、劇的場面が構成されている。心地よいプロフェッショナルな職人の仕事だ。線ベースで平面的だが、大胆な余白の使用で奥行きも感じさせる、日本的な美の真髄が味わえる。

pie.co.jp

目次:
序 日本の素朴絵
1 絵巻と絵本
2 大画面の中の素朴
3 庶民信仰の温もり
4 庶民のための素朴絵
5 知識人の素朴
6 工芸の素朴美

 

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目次:
はじめに
波の変幻
黄表紙
狂歌絵本
読本
絵手本
艶本