禅竹の生のことばとともに歌論ベースの能楽論を読みすすめる。引用される歌の匂いだけでも景色がすこし変わりはじめる。
ただ、心深く、姿幽玄にして、詞卑しからざらんを、上果の位とす。故に、古歌幷に詩を少々苦吟して、其心を曲体の骨味とし、風姿の品を分ちて、上類の能体を選ぶ。
04.「第四 雑体」で取りあげられた曲目とその九位の位と取り合わせられた歌
第四 雑体
是等かゝり、皆此心なるべし
藤原定家 都べはなべて錦となりにけり桜を折らぬ人しなければ
丹後物狂 正花風 秀逸のかゝり (作者:世阿弥)
源通光:武蔵野はゆけども秋の果てぞなきいかなる風の末に吹くらむ
しほるゝ処、哀れなる感あり。
西園寺公経:旅衣たつ暁の別れよりしほれしはてや宮城野の露
芦刈 浅文風 有心体 (作者:世阿弥)
西行法師:津の国の難波の春は夢なれや葦の枯葉に風渡るなり
錦木 広精風 遠白体 (作者:世阿弥)
慈円:岡の辺の里の主をたづぬれば人は答へず山颪の風
邯鄲 妙花風 高山のごとし (作者:観世元雅 or 金春禅竹)
安法法師:世をそむく山の南の松風に苔の衣や夜寒なるらん
鵜飼 正花風 写古体 (作者:榎並左衛門五郎 改作:世阿弥)
大江匡房:秋来れば朝けの風の手を寒み山田のひたに任せてぞ引(ひく)
※秋来れば朝けの風の手を寒み山田の引板をまかせてぞ聞く(新古今和歌集)
通小町 妙花風 高山体 (作者:観阿弥改作)
宜秋門院丹後:吹はらふ嵐の後の高嶺より木葉(このは)曇らで月や出(いづ)らむ
船橋 正花風 至極体 (作者:世阿弥改作)
藤原定家:嵯峨の山千代の古道跡とめてまた露分くる望月の駒
恋重荷 正花風 花麗体 (作者:世阿弥)
源俊頼:うづら鳴く真野の入江の浜風に尾花波寄る秋の夕暮
太山府君 寵深花風 幽玄体 (作者:世阿弥)
藤原定家:こきまずる柳の糸も結ほほれ乱れて匂ふ花桜かな
自然居士 浅文風 事可然(ことしかるべき)かゝり (作者:観阿弥)
藤原実房:急がれぬ年の暮れこそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは
在原業平(伊勢物語):寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめば いやはかなにも成(なり)まさるかな
俊寛僧都 閑花風 不明体 (作者:観世元雅?)
慈円:ながむればわが山の端に雪白し都の人よ哀(あはれ)とも見よ
歌占 強細風 古(いにしへ)を写すかゝり (作者:観世元雅)
伊勢(伊勢物語):君来むと言ひし夜ごとに過(すぎ)ぬれば頼まぬ物の恋ひつつぞ経(ふ)る
源実朝:箱根路を我(わが)越えくれば伊豆の海や 沖の小島に浪の寄る見ゆ
王昭君 閑花風 麗体 (作者:不詳)
藤原俊成:仙人の折る袖にほふ菊の露うちはらふにも千代は経ぬべし
※山人(やまびと)の折る袖にほふ菊の露うちはらふにも千代は経ぬべし
藤原定家:道のべの野原の柳萌えにけりあはれ昔の煙くらべや
※道のべの野原の柳したもえぬあはれ嘆きの煙くらべにある
蟻通 妙花風 拉鬼体 (作者:世阿弥)
藤原良経:ぬれてほす玉ぐしの葉の露霜に天照る光幾世経ぬらん
塩竈(融) 寵深花風 強力体 (作者:世阿弥)
聖武天皇:妹に恋和歌の松原見渡せば塩干の潟にたづ鳴き渡る
※妹に恋ひ吾(あが)の松原見渡せば潮干の潟に鶴(たづ)鳴き渡る
「第四 雑体」はここまで。