絵巻四作品の全篇に拡大部分図、関連図版を配置して二十世紀のアニメーター高畑勲が絵と詞とが融合した日本に特徴的な表現を読み解いていく。絵巻全篇が省略されることなく掲載されることで、配置の妙や運動感、空間造形の深さがよりよく味わえる。美術館に出向かないと出会えない全体像を比較的手軽に鑑賞できて、しかも日本アニメーションの表現との類似性も数えあげながら手引きしてくれるので、かなりの満足感がある。全151ページと厚さはないものの一日に絵巻一つ、四日くらいに分けて鑑賞するのがちょうど良いくらい、各作品とその解説が充実している。絵巻といえば源氏物語絵巻などの引目鉤鼻の様式化された人物描写ばかりを思い出してしまいがちだが、本書に出て来る人物像は主人公も脇役も群像表現の中の個々の人物も表情豊かで、身体表現も生き生きしていて素晴らしい。描かれたその当時親しまれたように、肩ひじ張らずに楽しむのがいい美術作品なのだろう。
ものを輪郭線やシワだけで捉えた絵は、陰影やマチエルで描かれた「本物そっくり」の絵や筆勢濃淡のある深遠な水墨画にくらべ、どこかマンガ的で単純に見える。けれども物語性を好む日本で、絵師たちがそれにずっとこだわってきたのにはそれなりの理由がある。( コラム「線だけで描かれる」p142 )
それなりの理由を高畑勲に教えてもらいながら絵巻からアニメーションの世界への連続性を見ていくのは知的にも美的にも滋味深い。本書ではあまり触れられることのない詞書の各書家の技術も、線と面での日本的絵画表現と相俟って、なんだかうっとりさせてくれる。読めなくても意味は大したことなくても、美しい字の遺産が日本にはけっこうある。デザイン優位の志向性といったところか。
『信貴山縁起絵巻』
年代:
平安時代 十二世紀
寸法:
「飛倉の巻」312×8799 ミリ
「縁起加持の巻」312×12908 ミリ
「尼公の巻」312×14241 ミリ
『伴大納言絵詞』
年代:
平安時代 十二世紀
寸法:
「上巻」315×8398 ミリ
「中巻」315×8598 ミリ
「下巻」315×9332 ミリ
『彦火々出見尊絵巻』
年代:
江戸時代 十七世紀
寸法:
「巻一」324×5745 ミリ
「巻二」324×7859 ミリ
「巻三」324×5435 ミリ
「巻四」324×8271 ミリ
「巻五」324×10984 ミリ
「巻六」32413624 ミリ
『鳥獣人物戯画』
年代:
平安~鎌倉時代 十二~十三世紀
寸法:
「甲巻」306×11496 ミリ
「乙巻」307×12159 ミリ
「丙巻」313×11071 ミリ
「丁巻」312×9355 ミリ
目次:
日本人はアリスの同類だった
信貴山縁起絵巻
伴大納言絵詞
彦火々出見尊絵巻
鳥獣人物戯画
バイユーのタピスリー
高畑勲
1935 - 2018