読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジェイムズ・ジョイスの詩 出口泰生訳『室内楽 ジョイス抒情詩集』(白凰社 1972)

ジェイムズ・ジョイスの二つの詩集を完全訳出。

かなり無防備な抒情詩作品。

刊行時は原詩の分冊と組で販売されていたようだが、近所の図書館で借り出せたのは日本語訳分冊のみ。原詩も掲載しているネット上の紹介サイトを検索して見てみると、『フィネガンズ・ウェイク』のようなアクロバティックな語彙は用いられてなさそうなので、身構えずに素直に読むのもいいかなと思った。

 

室内楽』("Chamber Music" 1907)

こちらは『ダブリナーズ』/『ダブリン市民』に収められた「死者たち」("The Dead")を書いた時期の作品。ぼくとぼくの友と美しいきみの三角関係を悲しく歌い上げる連作。すっと素直にジョイスのことばに乗りうつることができれば吉。ジョイスの情の甘さと苦さをうつした詩篇を、抒情のひとつのあり方として享受させていただいた。

ぼくの 行くところ、灰いろの
    冷たい風が 吹いている。
とおくの 足もとで
    ぼくは 潮騒の 音を 聞く。
一日じゅう 一晩じゅう
    潮騒の ながれを 聞いている。

(『室内楽』ⅩⅩⅩⅤ部分)

 


『ポウムズ・ペニーチ』("Pomes Penyeach" 1927)

こちらは『フィネガンズ・ウェイク』執筆期間に書きとめられた詩の集成。最終作執筆中に夏目漱石が午前中『明暗』を書きながら漢詩を午後に書いてバランスをとっていたことを思い起こしつつ、通読。あの『フィネガンズ・ウェイク』に立ち向かうには弱々しいとおもえる詩篇でも、自分自身の精神のバランスをとるために書かれ、出版されたことばの集成かもしれない思うと、なんだかグッとくる。弟子の位置にいたベケットにはないような素直な表出に、すこし動揺する。

ぼくは 聞く、遠くから 低い言葉が 衰弱する脳のなかで 呼吸するのを。
来たれ! ぼくは ゆだねる。 ぼくの上に 深くのしかかれ! ぼくは ここだ。
(『ポウムズ・ペニーチ』「祈り」部分)

両詩集ともに、ある程度の速度をもって読みすすめるほうが、詩に込められた想いの定着はすすむかと思えた。初読で全体の内容を確認した後で、二度目以降で純粋な鑑賞をしていただくのが、より豊かな鑑賞につながるのではないかという想いを持った。世界的に特異な散文を生む作家の、根底にあるやわらかな抒情精神に触れるのに適した一冊。ジョイスが絵本で見せた、ストレートな感傷性にも通底する言語作品。

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【付箋詩】
室内楽』("Chamber Music" 1907)
ⅠⅢ, ⅩⅥ,ⅩⅩⅦ, ⅩⅩⅩⅣ, ⅩⅩⅩⅤ

『ポウムズ・ペニーチ』("Pomes Penyeach" 1927)
夜景, 真夜中の鏡の中の役者たちの憶い出, 祈り


ジェイムズ・ジョイス
1882 - 1941
出口泰生
1929 -