私は、にわかではあるが、カッシーラーのファンである。今年の正月に『シンボル形式の哲学』を読んで以来、この人は本物だと思っている。相対性理論や量子論の意味を、文系読者にもきちんと伝えてくれる、かけがえのない人物なのではないかと思っている。記号によって世界を捉える人間の活動を見事に押さえている精緻な論考になっているという印象が強い。
20世紀後半を代表する物理学者のホーキングが、現代物理学の最先端を取り込む最新の哲学がないことを嘆いていたことは鮮烈に記憶している。そのような物理学者側からの不満が大きい現代的状況の少し前、古典力学の世界から相対論や場の理論に移り行こうとしていた時代にあって、見事にその意味合いを捉え、教化していこうとしたカッシーラーの言説は、100年後の今も精彩さを失っていない。20世紀前半に、物理学と哲学、アインシュタインとカッシーラーの幸福な出会いがあった。時空の存在に疑いを持たない直観の形式を超えて、直観を支える時空をも相対化する場と関数の動きを伴う思考の意味が、カッシーラーのこの論文で強調展開されている。本書はアインシュタイン自身にも目を通してもらうことで成り立っているため、論旨の正確性も疑いがないレベルであることも保証されている。まことに稀有な作品で、一般読者が読めるかたちで書物として存在していることはまことにありがたい。
本書はカッシーラーの本文が180ページ。訳者解説は活字のポイントがひとまわり小さいもので68ページ。本文のインパクトも凄いが、訳者解説のカッシーラーの業績における『アインシュタインの相対性理論』の意味を伝える文章も圧倒的。読み応え十分、満足度も十分の文章力を味わえる。
このような像を詳細に描写しようと試みれば試みるほど、それはわれわれの表象能力に不可能なことを要求し、絶対的に矛盾した諸性質を統一することを強いるのであった。したがって現代物理学はますますもってこの種の感性的記述と説明を原理的に断念せざるを得ないと考えるようになった。
(第4章「物質・エーテル・空間」p96)
あることを断念したことによって開けた新たな豊かな世界の恩恵を受けて、われわれの今現在の世界が展開している。何かを諦め手放すことによって見えてくる新たな世界もあるということを教えてくれていて、たいへん示唆的。
【付箋箇所】
20, 52, 74, 86, 96, 106, 114, 120, 132、135, 139, 143, 146, 153, 160, 168, 174, 176, 222, 231, 247, 250, 255, 259, 264, 269, 270
目次:
第1章 計量概念と事物概念
第2章 相対性理論の経験的基礎と概念的基礎
第3章 哲学的真理概念と相対性理論
第4章 物質・エーテル・空間
第5章 批判的観念論の空間・時間概念と相対性理論
第6章 ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学
第7章 相対性理論と実在の問題
解説
力学的世界像の超克と<象徴形式の哲学>
エルンスト・カッシーラー
1874 - 1945
アルベルト・アインシュタイン
1879 - 1955
山本義隆
1952 -
参考: