読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ガブリエル・タルド『摸倣の法則』(原書 1890, 1895 河出書房新社 2007, 2016 )

「摸倣」という武器一本で物理・生命現象から社会現象まで語りきる途方もない著作。データ検証からではなく推論ベースの展開で、ほんとかねと疑いたくなるようなところもままあるのだけど、ドゥルーズが称賛していて、それに乗る形で蓮實重彦も推薦しているということで、読むことと考えることのとびきりの達人たちの言葉を信用して、とりあえず読み切った。

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社会学におけるアプローチの部分についてデュルケムに批判されたこともあり、学派としてはタルドの学問は残っていかなかったようだが、『社会分業論』などより読み物としては圧倒的に面白く、もっと読まれてもよい著作。ただこちらの作品は、全560ページ、税込み売価6380円で、しかも新刊書としては品切れ重版未定、さらには図書館にもほとんど置かれていないという始末。かわいそうなタルド、というか、かわいそうな日本読書界。メジャー出版社の新書か選書で研究者が当たり本を書いてくれないとなかなか過去の業績の掘り起こしは期待できない。しかし、ただ待っているのも問題なので、末端読者は今あるものを地道に拾っていくほかはない。すこし遠めの図書館から借りてきてありがたく読む。

奴隷は貯金をすることによってまず自分を解放し、次に自分のために奴隷を買うことになる。もし奴隷の夢が自由になることだけであれば、奴隷は自分の欲求を自分で満たし、手に入れた自由をひとりだけで享受するはずである。しかし、実際にはそのようなことはなく、奴隷はかつての主人の欲求を摸倣するのである。かつての主人と同じように、彼もまた欲求を満足させるために他人に奉仕されたいと思うようになる。こうした欲求が広まっていくにつれ、自由になった奴隷たちはみな、自分もまた奴隷をもつことを望みつつ、交互にあるいは相互に隷属しあうようになる。まさにここから分業と産業協同が生じたのである。
(第八章「考察と結論」 序節「要約―模倣とはてしない進歩」 隷属から分業へ、人間狩りから戦争へ p488 太字は実際は傍点)

さらに、この引用部分の原注では

民主主義において「わがまま」と「だらしなさ」はつねに増大していくのだが、その性質がもともと君主制あるいは神権制の絶対主義に由来している

と追記している。

タルド自身が本文の中で自分はペシミストだと述べているように、書かれていること自体はペシミスティックな内容であることが多いのだが、文体や語りの運びのせいなのか、本書全体にどことなくユーモラスな空気感が漂っている。蓮實重彦が指摘した著者の溢れる「好奇心」のなせる技なのだろう。読み切った勢いでドゥルーズの『差異と反復』もひさかたぶりに読み返してみようという気になったのは、想定外のオマケ。

 

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【付箋箇所】
35, 84, 95, 107, 111, 123, 126, 129, 133, 138, 149, 151, 184, 198, 202, 217, 256, 279, 318, 358, 364,369, 398, 420, 427, 430, 437, 438, 458, 461, 488, 500, 536, 540

 

目次:

第一章 普遍的反復
 第一節 社会的諸事実の規則性
 第二節 物理学、生物学、社会学の三命題
 第三節 普遍的反復の三形態の比較
 第四節 摸倣の屈折と干渉
 第五節 普遍的反復の三形態のあいだの相違

第二章 社会的類似と模倣
 第一節 遺伝によらない生物的類似と摸倣によらない社会的類似
 第二節 文明の単線的進化説に対する批判

第三章 社会とは何か?
 第一節 社会集団と社会的紐帯
 第二節 社会類型
 第三節 差異化の法則と異質性―社会とは模倣である
 第四節 催眠と社会

第四章 考古学と統計学―歴史とは何か?
 第一節 考古学における発明と摸倣
 第二節 考古学における歴史の意味
 第三節 考古学と統計学の比較
 第四節 社会学統計学
 第五節 グラフとその解釈について
 第六節 社会学統計学の未来
 第七節 摸倣の運命としての歴史

第五章 模倣の論理的法則
 序節  摸倣の一般法則に向けて
 第一節 何が発明され、摸倣されるのか―信念と要求
 第二節 論理的対決
 第三節 論理的結合
 第四節 その他の考察
 
第六章 超論理的影響
 序節  摸倣の非論理的原因
 第一節 内から外への摸倣
 第二節 上層から下層への摸倣

第七章 超論理的影響(続)
 序節  慣習と流行
 第一節 言語
 第二節 宗教
 第三節 統治
 第四節 法律
 第五節 慣例と欲求―政治経済学
 第六節 道徳と芸術

第八章 考察と結論
 序節  要約―模倣とはてしない進歩
 第一節 一方的な摸倣から相互的な摸倣への移行
 第二節 歴史における可逆性と不可逆性

解説
池田祥英  ガブリエル・タルドとその社会学
村澤真保呂 社会の見る夢、社会という夢

 

ガブリエル・タルド
1843 - 1904
池田祥英
1973 -
村澤真保呂
1968 -