読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

吉本隆明全集撰1『全詩撰』(大和書房 1986 )

吉本隆明(1924 - 2012)の1986年、62歳までの詩作品から自選した詩選集。全570ページに125編が収められている。代表作と言われる「固有時との対話」(1952)や「転位のための十篇」(1952)よりも初期の「エリアンの手記と詩」(1946/47)のストレートな抒情のほうに詩人としての魅力と才能を感じる。

 エリアンおまえは痛ましい性だ おまえは誰よりも鋭敏に、哀しさの底から美を抽き出してくる そしておまえはそれを現実におし拡げるのではなく地上から離して、果てしなく昇華してしまうのだ それは痛ましいことなのだよ
(「エリアンの手記と詩」部分)

 

個人的趣味も多分に関係しているとは思うが、「固有時との対話」で詩のなかに批評を導入する試みを意識的に選択して後の作品は、選択された言葉の硬さやリズムの渋滞感があり、どうにも乗れない。詩のなかに批評を導入する方向性や、詩は「書くこと 感じること/なんにもないから書くんさ」(「演歌」)という見解には同意するものの、詩の中でも語られる詩の定義とか言葉づかい(「冷たん」とか「惨たん」とかの書記法など)に違和感を感じてしまうのが乗れない原因なのだと思う。

詩は手続きが耐え難い鳥たちの
跳び越しだ
(「ある註解」部分) 

なぜたれのために一篇の詩をかくか
われわれは拒絶されるためにかく
この世界を三界にわたつて否認するために
(「告知する歌」部分)

しかしながら、なにはともあれ100篇以上もの作品を読ませてしまう内容の充填度や、旧仮名が使われている70年も前の作品であるのにあまり古さを感じさせないところや、主戦級の批評家として活躍しながらも60歳を越えて詩を書きつづけていたことなどは驚きである。一級ではないかもしれないが、詩人としての活動でも知られるべき作家であることに間違いはないと思う。

 

【付箋箇所】
14, 17, 33, 52, 53, 54, 58, 69, 74, 80, 196, 208, 214, 240, 356, 372, 419, 560