サセル・バジェホ(1892-1938)は20世紀初頭のペルーのスペイン語前衛詩人。トリスタン・ツァラやルイ・アラゴン、ピエール・ルヴェルディ、パブロ・ネルーダなどと交流があった海外ではかなり評価の高い詩人(中国語訳やハングル語訳もあるようだ)。本書は単書としては日本初の刊行となるバジェホの詩集でしかも全詩集。力が入っている。訳者の松本健二はパブロ・ネルーダの『大いなる歌』の個人完訳もした人物で、訳文だけでなく注記や解説も優れたものを提供してくれている。今回も期待にたがわぬ仕事をしてくれていて、なんだかうれしい。
バジェホは両親がともにメスティソのメスティソ二世。インディオの血とスペインの血を受け継ぎ、スペイン文化とアンデス文化、スペイン語とケチュア語のハイブリッド。さらに第二詩集『トリルセ』以降は渡欧して、フランス人女性と結婚し、フランス語からスペイン語への翻訳を仕事のひとつにしたりしていたり、文化や言語の多様性のなかをかいくぐって生きている印象がある。そのなかで詩集ごとに異なるスタイルを見せてえくれているのも大変刺激的で、多彩さと凝縮性を一度に味わえる詩人として印象深い。
書きたいけれど 出てくるのは泡
言いたいことは山とあれど はまるぬかるみ
口に出す数字に 和でないものなし
核なくして 書かれたピラミッドもなし書きたいけれど 気分はピューマ
桂冠詩人を夢見て 玉ねぎと煮込まれ
口を出る咳きに 霧に至らぬものなし
発展なくして 神も神の息子もなしだったらいっそのこと食べに行こうよ
草を 涙の肉を 呻きの果実を
缶詰にされた僕たちの憂鬱な魂を(『人の詩』「強さと高さ」部分)
たまらん・・・
今回初読で刺激を受けたので、また時間をおいて読み直してみたいと思う。また図書館で借りるか買ってしまうかちょっと迷う所。基本的に上下二段組みの366ページの訳詩集で3200円というのは、べらぼうに安い値段だというのは確か。
【付箋箇所】
18, 20, 50, 60, 84, 145, 146, 205, 239, 272, 336, 358, 359
目次:
『黒衣の使者ども』(1919)
『トリルセ』(1922)
『人の詩』(死後出版)
『スペインよこの杯を我から遠ざけよ』(死後出版)
サセル・バジェホ
1892-1938
松本健二
1968 -
参考: