読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年)仲正昌樹と岩淵達治の翻訳比較とちょっとした私のクライスト観

仲正昌樹は自身の『ペンテジレーア』翻訳以前の既訳の業績として岩波文庫の吹田順助訳、沖積舎クライスト全集の佐藤恵三訳の二種があるというふうに記していたのだが、すくなくとももうひとつの既訳はわりと手にしやすい形で世に出まわっていて、それは白水社刊行の『クライスト名作集』(1972年)に収められている岩淵達治訳である。岩淵達治と聞いて思い浮かべるのはブレヒトやハイナー・ミューラーの戯曲の翻訳で、いまウィキペディアをみたところ、ご自身も演劇評論家、演出家、劇作家という肩書を持っていることもあるので、読む戯曲としてばかりでなく、上演されることも前提に翻訳されているとおもいつつ、さらにはこれまた上演前提の翻訳である仲正昌樹の新訳の読みくらべつつ、『ペンテジレーア』の脳内上演を敢行してみた。

 

【訳文比較】『ペンテジレーア』第九場のペンテジレーアの訴え

 

仲正昌樹訳:

そんなことができるものなら――私にそれができたなら――人の力が成し得る最大のことを私はやった――不可能なことを試みたのだ――私は自分の全てを賭けた。決定の賽は投げられた。既に目は出ている。私はそれを認めねばならない――そして、私の負けと出ているのを。

 

岩淵達治訳:

それができるならね――! わたしにそうできたら!――人間の力で成しうる極限をわたしは成し遂げた――不可能なことを試みた。――わたしのすべての骰子(さい)の一擲(いってき)に賭けたのです。すべてを決定する骰子は投げられた。そして止まった。止まっているのです。わたしはそこに出ている目を読み取らなければなりません。わたしの負けと出ているのです。

 

日本語による翻訳の劇として上演されるときにどちらがよりクライストの原典に近いかという印象で判断すると、私的には岩淵訳に軍配を挙げたい。仲正訳は二十一世紀初頭での偏向なしの舞台上演での効果を考えての訳業であると思うのだが、私はむしろ様式美を前提にした古典劇風の上演のなかで無理繰り表現してあげたほうが、クライストの変則的な情動の劇は生きてくるのではないかと思っている。通常の演劇で鑑賞するよりも、たとえば宝塚歌劇団による劇的再現を志向した劇のほうが、よりクライスト的な発想に沿うのではないかと思っている。表現様式との相剋のなかで醸される危うい美の彫琢。

 

カフカプルーストフィッツジェラルドベケットなど、ドゥルーズの(ドゥルーズガタリのなかでもとりわけドゥルーズよりの)推奨作家にはわりと素直に反応できてきたのだけれど、クライストに関しては褒めすぎじゃないのという乗り切れない感覚もある。ただ、これが例えば宝塚歌劇団の様式美とのカップリングを考えた場合、なにかとてつもない化学作用が起きてきそうな気配がありそうなので、読んでいるときもいろいろ想像してざわついていた。何かが起こってしまいそうな気配、それが含まれていることがクライストを読むことにひとを誘う大きな要因になっているのだと思う。必ずしも完成度の高い成功した作品とはいえないが、目にした限り到底忘れるわけにはいかないいくつもの情景、唐突にも思えるはっきりとした情動の切り替えの瞬間は、クライスト劇の独特な波及効果を形づくっている。

カタトニー、極限的な速度、意識の消失、矢のような速さが次々交替する。馬にまたがったまま眠り、しかもギャロップで突き進む。意識の消失を利用して空白を跳び越え、一つのアレンジメントから別のアレンジメントへと移る。つまりクライストは「生の平面」を増殖させるわけだが、しかしそれは独自の空白と挫折、飛躍と地震と疫病を含んだ同じ一つの平面であり続けるのだ。プランは組織の原理ではなく、伝送の手段なのである。いかなる形態も発展することがなく、いかなる主体も形成されることがない。たださまざまな情動が循環し、さまざまな情動が循環し、さまざまな生成変化が射ち出され、それがブロックをなすのだ。
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ千のプラトー』10「強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」p309 )

安定とは異なるところに現れる狂暴性ももちあわせる美質に目が留まってしまうのは、感性的な人間としてはどうにも避けられないことなのだと、クライスト作品を読むことであらためて確認することができる。


ハインリヒ・フォン・クライスト
1777 - 1811
仲正昌樹
1963 -
岩淵達治
1927 - 2013

 

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com