読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

式子内親王の吐息 「式子内親王集」を読む ① もの思いしつつ、ものをながめているときの、深く長い息づかいに寄り添える歌

日本文芸の表記は漢字かな交じり文であり、使用される文字の種類、漢字の開き具合によって読み手側の印象は異なってくる。

岩波書店古典文学大系80『平安鎌倉私歌集』に収録された「式子内親王集」は、宮内庁書陵部本を底本としたもので、全歌数373首に、未収録歌25首を附加した、式子内親王全歌集的存在の私歌集。
そのうち、もの思いしつつ「ながめる」歌が30首あり、出現頻度はきわめて多い。式子内親王は思いを込めてながめ、そして歌う人であったという、単純だが明確な歌い手の肖像が浮かび上がってくる。

宮内庁書陵部本底本の「式子内親王集」では「ながめる」に使用される文字は2種類、「ながめる」と「詠める」で、「眺める」は用いられていない。ネットのデータを中心にすこし比較調査したところ、かな表記の「ながめ」「ながむ」が一般的であるのだが、久松潜一・國島章江校注の本集においては「詠め」「詠む」の使用が多く、30首中10首に「詠」字が用いられ、特に時期的にいちばん若い時代の百首歌に集中的に用いられている。

「詠」は白川静『常用字解』では以下のように解説されている。

永は水の流れが合流して、その水脈(水路)の長いことをいう。強く長く声をのばして詩歌(漢詩と和歌)を歌いあげることを詠といい、「うたう」の意味となる。また「詩歌を作る、よむ」の意味に用いる。わが国で、声を長く引き節をつけて詩歌を歌うこと「詠(なが)む」というのも、その意味であろう。

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声や言葉になるさわりとしての大きく深く長い詠嘆のような息とともに、景色に身を置いている感受性の強い人間の姿が浮かんでくるようだ。歌が口を突いて出る手前の視線、身体。「詠」の字が歌集のはじめの部分で多く使われているために、「ながめる」という行為が詠われるたびに、そのときの臨場感、身体性が使用される文字にかかわらず色濃く出てくる。かな表記に移行した後でも、「詠」のイメージが重なってくる。思い佇んでいる時間の流れがしっとり伝わる。

音声だけでなく、写本の毛筆の書体だけででもなく、活字状態で使用される文字によっても歌の味わいが変わる、ということを感じながら読めるのが本書のよいところであろう。日本語表記のよいところであり、ひるがえっては鑑賞の難しいところでもある。違った写本、違った表記であれば、微妙に味わいが変わるということでもあるのだから(それに、ネット上の検索で同一歌が一度にヒットしづらいのも難点だ。せっかく情報があっても、検索語か漢字なのかひらがななのかで検索結果に違いが出てくる)。

 

【ながめ詠める人 式子内親王 漢字かな交じり文とよみ】

007 詠
 春ぞかし思ふばかりに打霞みめぐむ木ずゑぞ詠められけり
 はるぞかしおもふばかりにうちかすみめぐむこずゑぞながめられけり

028 詠
 詠れば月はたえ行庭の面にはつかに残る螢ばかりぞ
 ながむればつきはたえゆくにわのおもにはつかにのこるほたるばかりぞ

038 詠
 詠むれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮
 ながむればころもですずしひさかたのあまのかわらのあきのゆうぐれ

042 詠
 秋はたゞ夕の雲のけしきこそそのこととなく詠められけれ
 あきはただゆうべのくものけしきこそそのこととなくながめられけれ

043 詠
 おもほえずうつろひにけり詠めつゝ枕にかゝる秋の夕露
 おもほえずうつろひにけりながめつつまくらにかかるあきのゆうづゆ

053
 それながら昔にもあらぬ月影にいとゞながめをしづのをだ巻
 それながらむかしにもあらぬつきかげにいとどながめをしづのをたまき

059 詠
 淋しさは宿のならひを木葉しく霜のうへにも詠めつるかな
 さびしさはやどのならひをこのはしくしものうへにもながめつるかな

118 詠
 くれて行春ののこりを詠れは霞の奥に有明の月
 くれてゆくはるののこりをながむればかすみのおくにありあけのつき

120 詠
 歸る雁過ぎぬる空に雲消えていかに詠ん春の行くかた
 かえるかりすぎぬるそらにくもきえていかにながめんはるのゆくかた

121
 春過ぎてまた時鳥かたらはぬ今日のながめをとふ人もがな
 はるすぎてまたほととぎすかたらはぬけふのながめをとふひともがな

122
 時鳥しのびねや聞くとばかりに卯月の空はながめられつゝ
 ほととぎすしのびねやきくとばかりにうづきのそらはながめられつつ

129
 ながめつるをちの雲ゐもやよいかに行ゑ知らぬ五月雨の空
 ながめつるをちのくもゐもやよいかにゆくゑもしらぬさみだれのそら

143
 ながむれば露のかゝらぬ袖ぞなき秋のさかりの夕暮の空
 ながむればつゆのかからぬそでぞなきあきのさかりのゆふぐれのそら

150
 久方の空行月に雲消えてながむるまゝに積る白雪
 ひさかたのそらゆくつきにくもきえてながむるままにつもるしらゆき

151
 ながむれは我が心さへはてもなく行ゑも知らぬ月の影かな
 ながむればわがこころさへはてもなくゆくゑもしらぬつきのかげかな

191
 ながむれは嵐の聲も波の音もふけゐの浦の有明の月
 ながむればあらしのこゑもなみのおともふけゐのうらのありあけのつき

207
 ながめやる霞の末の白雲のたなびく山の曙の空
 ながめやるかすみのすゑのしらくものたなびくやまのあけぼののそら

209
 ながめつる今日は昔に成ぬとも軒端の梅は我を忘るな
 ながめつるけふはむかしになりぬとものきばのうめはわれをわするな

219
 花は散てその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
 はなはちりてそのいろとなくながむればむなしきそらにはるさめぞふる

224
 時鳥鳴つる雲をかたみにてやがてながむる有明の空
 ほととぎすなきつるくもをかたみにてやがてながむるありあけのそら

238
 ながむれば木の葉うつろふ夕月夜やゝけしきだつ秋の空かな
 ながむればこのはうつろふゆふつくよややけしきたつあきのそらかな

245
 花薄まだ露深し穂に出てながめじと思ふ秋の盛を
 はなすすきまだつゆふかしほにいでてながめじとおもふあきのさかりを

248
 ながめ侘びぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらん
 ながめわびぬあきよりほかのやどもがなのにもやまにもつきやすむらん

280 詠
 待ち出でていかに詠めん忘るなといひしばかりの有明の空
 まちいでていかにながめんわするなといひしばかりのありあけのそら

301
 ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりの夕暮の空
 ながむればおもひやるばきかたぞなきはるのかぎりのゆふぐれのそら

324
 有明の同じながめは君もとへ都のほかの秋の山里
 ありあけのおなじながめはきみもとへみやこのほかのあきのやまざと

372
 ながむれば見ぬ古の春まても面影かほる宿の梅が枝
 ながむればみぬいにしへのはるまでもおもかげかをるやどのうめがえ

附A 2
 更くるまでながむればこそ悲しけれ思(おもひ)もいれじ秋の夜の月
 ふくるまでながむればこそかなしけれおもひもいれじあきのよのつき

附B 11
 ながめても思へば悲し秋の月いづれのとしのよはまでか見ん
 ながめてもおもへばかなしあきのつきいづれのとしのよはまでかみん

附B 22 詠
 長月の有明の空に詠せし物思ふことのかぎりなりけり
 ながつきのありあけのそらにながめせしおもおもふことのかぎりなりけり

【漢字かな交じり文(ルビ無し)】

007  春ぞかし思ふばかりに打霞みめぐむ木ずゑぞ詠められけり
028  詠れば月はたえ行庭の面にはつかに残る螢ばかりぞ
038  詠むれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮
042  秋はたゞ夕の雲のけしきこそそのこととなく詠められけれ
043  おもほえずうつろひにけり詠めつゝ枕にかゝる秋の夕露
053  それながら昔にもあらぬ月影にいとゞながめをしづのをだ巻
059  淋しさは宿のならひを木葉しく霜のうへにも詠めつるかな
118  くれて行春ののこりを詠れは霞の奥に有明の月
120  歸る雁過ぎぬる空に雲消えていかに詠ん春の行くかた
121  春過ぎてまた時鳥かたらはぬ今日のながめをとふ人もがな
122  時鳥しのびねや聞くとばかりに卯月の空はながめられつゝ
129  ながめつるをちの雲ゐもやよいかに行ゑ知らぬ五月雨の空
143  ながむれば露のかゝらぬ袖ぞなき秋のさかりの夕暮の空
150  久方の空行月に雲消えてながむるまゝに積る白雪
151  ながむれは我が心さへはてもなく行ゑも知らぬ月の影かな
191  ながむれは嵐の聲も波の音もふけゐの浦の有明の月
207  ながめやる霞の末の白雲のたなびく山の曙の空
209  ながめつる今日は昔に成ぬとも軒端の梅は我を忘るな
219  花は散てその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
224  時鳥鳴つる雲をかたみにてやがてながむる有明の空
238  ながむれば木の葉うつろふ夕月夜やゝけしきだつ秋の空かな
245  花薄まだ露深し穂に出てながめじと思ふ秋の盛を
248  ながめ侘びぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらん
280  待ち出でていかに詠めん忘るなといひしばかりの有明の空
301  ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりの夕暮の空
324  有明の同じながめは君もとへ都のほかの秋の山里
372  ながむれば見ぬ古の春まても面影かほる宿の梅が枝
附A 2  更くるまでながむればこそ悲しけれ思(おもひ)もいれじ秋の夜の月
附B 11  ながめても思へば悲し秋の月いづれのとしのよはまでか見ん
附B 22  長月の有明の空に詠せし物思ふことのかぎりなりけり

 

【かな文】

007  はるぞかしおもふばかりにうちかすみめぐむこずゑぞながめられけり
028  ながむればつきはたえゆくにわのおもにはつかにのこるほたるばかりぞ
038  ながむればころもですずしひさかたのあまのかわらのあきのゆうぐれ
042  あきはただゆうべのくものけしきこそそのこととなくながめられけれ
043  おもほえずうつろひにけりながめつつまくらにかかるあきのゆうづゆ
053  それながらむかしにもあらぬつきかげにいとどながめをしづのをたまき
059  さびしさはやどのならひをこのはしくしものうへにもながめつるかな
118  くれてゆくはるののこりをながむればかすみのおくにありあけのつき
120  かえるかりすぎぬるそらにくもきえていかにながめんはるのゆくかた
121  はるすぎてまたほととぎすかたらはぬけふのながめをとふひともがな
122  ほととぎすしのびねやきくとばかりにうづきのそらはながめられつつ
129  ながめつるをちのくもゐもやよいかにゆくゑもしらぬさみだれのそら
143  ながむればつゆのかからぬそでぞなきあきのさかりのゆふぐれのそら
150  ひさかたのそらゆくつきにくもきえてながむるままにつもるしらゆき
151  ながむればわがこころさへはてもなくゆくゑもしらぬつきのかげかな
191  ながむればあらしのこゑもなみのおともふけゐのうらのありあけのつき
207  ながめやるかすみのすゑのしらくものたなびくやまのあけぼののそら
209  ながめつるけふはむかしになりぬとものきばのうめはわれをわするな
219  はなはちりてそのいろとなくながむればむなしきそらにはるさめぞふる
224  ほととぎすなきつるくもをかたみにてやがてながむるありあけのそら
238  ながむればこのはうつろふゆふつくよややけしきたつあきのそらかな
245  はなすすきまだつゆふかしほにいでてながめじとおもふあきのさかりを
248  ながめわびぬあきよりほかのやどもがなのにもやまにもつきやすむらん
280  まちいでていかにながめんわするなといひしばかりのありあけのそら
301  ながむればおもひやるばきかたぞなきはるのかぎりのゆふぐれのそら
324  ありあけのおなじながめはきみもとへみやこのほかのあきのやまざと
372  ながむればみぬいにしへのはるまでもおもかげかをるやどのうめがえ
附A 2  ふくるまでながむればこそかなしけれおもひもいれじあきのよのつき
附B 11  ながめてもおもへばかなしあきのつきいづれのとしのよはまでかみん
附B 22  ながつきのありあけのそらにながめせしおもおもふことのかぎりなりけり

 


式子内親王
1149? - 1201


参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com

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