読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

カール・シュミット『陸と海 世界史的な考察』(原書 1942, 中山元訳 日経BPクラシックス 2018)

21世紀の世にあって地政学の古典となった一冊。シュミットの政治学的思想の核となる「友-敵理論」にも言及されていて、なかなか興味深い。

ナチスへの理論的協力を経て、思想的齟齬失脚の後に出版されたシュミット40代半ばの著作。娘のアニマに語りかけるという体裁で、世界史進展の地学的な観点からの眺望を説くという作品。

訳文でしか読んでいないので、原文でどのようなニュアンスをもっているのかは、つかみ切れないのだが、娘への語りのスタンスが貫徹されず、しかも娘に語る意味合いがよくわからない。娘アニマは1931年生まれということで、出版当時は11歳。なにを伝えたかったのか、いまいち掴みきれないのだが、シュミットが考察した現代までの世界進展の捉えかたと、これから先の世界の向かう先を示しておきたかったのかもしれないと勝手に推定している。

誰もが知っていることけれど、地球の面積のほぼ四分の三は海水で覆われていて、大地の占める面積は四分の一ほどにすぎに。地球で一番大きな大陸でも、海の中に島のように浮いているにすぎないのだ。この地球が<球(クーゲル)>の形をしていることが分かってからというもの、わたしたちはごく当たり前のように、これを「地の球(エルドバル)」とか「大地の球(エルドクーゲル)」と呼んでいるのだ。考えてごらん。もしこれを「海の球(ゼーバル)」とか「海洋の球(メーレスクーゲル)」とか呼ばなければならないとしたら、ずいぶん奇妙に感じるだろう?
(1「陸と海への一瞥」p16 )

引用は作品冒頭のまだ娘に語りかけるという設定が、作者にも訳者にも十分に生きていたところの文。この後、陸と海の領域のせめぎ合いと、各領域における占有をめぐる闘争と制圧の世界史的考察が比較的ゆっくりと、そして明晰になされていくのだが、それを知って何に備えよと娘に言いたかったのかは最後までよくわからない。

起源前500年くらいにイオニアの哲学者たちが説いた、大地、水、空気、炎という四大元素のうち、20世紀以前の歴史としては陸と海とをめぐる争い、つまりは大地と水の争い、方向性としては大地から水への広域化そして全体化に向かっていたということが大航海時代の歴史とそれに並行する思想運動の歴史とともに、そして神話的な解釈もそえて、語られる。陸のヒビモスと海のリヴァイアサンとの相剋。

しかし、『陸と海』執筆当時の第二次世界大戦期にあっては、もはや陸と海の争いでは収まらず、戦闘爆撃機を配するための領空権、電子電波系メディアと原子力エネルギーに係る電磁熱系の炎の領域にも踏み入ってきていた。論考の最後で幽かにほのめかされている陸と海以外への空間感覚の拡張の必然性。空気(ツィーツ)と炎(フェニックス)の領域に差し掛かっていること、歴史の重心が移動していることを伝えたかったのかもしれない。まず自分の娘に伝えることを念頭に、歴史が転換する時にいること、そしていまいる時がけっして破局ではないことを示したかったのかもしれない。

古いノモスは消滅し、それとともに旧来の尺度、標準、関係のすべての体系が崩壊するだろう。しかしだからと言って、来たるべきものはたんなる尺度の欠如であるとか、ノモスに敵対する虚無であるということにはならない。古い力と新しい力の激しい闘いのうちにも、正しい尺度が生まれ、有意義の調和が生まれるものである。
(20「惑星的な空間革命の新たな段階」 p262 )

本書全体の感想として言えるのは、世界の歴史というものは、時代ごとに戦闘と略奪が主に国家単位で正当化されてきたところに出来上がってきたという、大変なものなのだなという、なんともいえない飲み込み悪いものを教えてもらったあとのハードワーク感。時代の進展は、滑らかなんてことはなくて、いつもザラザラ。

 

www.nikkeibp.co.jp

 

【付箋箇所】
56, 104, 151, 160, 196, 257

 

目次:
1 陸と海への一瞥
2 エレメントとは何か?
3 海と対立する陸
4 沿岸から大洋へ
5 鯨と捕鯨者を称えて
6 オールで漕ぐ船から帆船へ
7 海賊たちと<海の泡の子>たち
8 キリグルー夫人の物語
9 大洋におけるヨーロッパの遺産を受け継いだイギリス
10 空間革命とは?
11 世界史の三つの実例
12 初めて惑星的な空間革命
13 ヨーロッパによる新世界の土地の占領と取得
14 この土地占有者たちの間の闘い
15 宗教戦争における陸と海
16 イギリスによる海の占有、陸と海の分離
17 島の本質の転換
18 魚から機械へ
19 マハンの<大きな島>
20 惑星的な空間革命の新たな段階

カール・シュミット
1888 - 1985
中山元
1949     -

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com