読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

上田三四二『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』(新潮社 1984, 新潮文庫 1996)

世俗を離れて透体にいたるまで純化した人たちの思想と詩想を追う一冊。第36回の読売文学賞(評論・伝記部門)の受賞作であるが、いまは新刊書では手に入らない。

明恵は一個の透体である。彼はあたうかぎり肉体にとおい。
もちろん、肉体なくして人間は存在しえないが、明恵ほど肉体の重たさを感じさせぬ者もめったにない。彼はあのエーテルの名に呼ばれてきた透明な宇宙物質がひとところ凝って人のかたちを現じた何か人間ならぬ人間ではないか、とさえ思われる。世人が彼を目して「権者」と呼んだのもうなずけるところで、明恵の極度に肉体感のうすい身体は烏賊のように透明で、かすかに蛍光を放っている。
(「顕夢明恵」p89-90)

上田三四二は昭和の歌人で評論家で、かつ医師でもあった人。どちらかといえば唯物論的で、テクスト解釈も手堅く行う学知の人であるとは思うのだが、対象を描写するときのここぞという時の感覚には、自身の詩魂に映じたものを詩的表現で一挙にまとめあげる、特異なものがある。引用した明恵だけではなく、西行良寛道元の各人物像を描く際にも、深く親しんだうえでの表現の飛躍のようなものがあり、とても新鮮に受け止められる。また、対象への愛と畏敬の念が滔々と流れているような筆致も爽やかな読後感をもたらしてくれる。

良書。


【付箋箇所(新潮文庫版)】
15, 21, 28, 33, 37, 42, 45, 47, 48, 52, 87, 90, 99, 103, 116, 128, 133, 142, 146, 153, 156, 162, 173, 

目次:
花月西行
遊戯良寛
顕夢明恵
透脱道元
地球浄土
地上一寸ということ―あとがきに代えて
解説 西尾幹二

上田三四二
1923 - 1989


参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com