読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

那珂太郎編『西脇順三郎詩集』(岩波文庫 1991)


多作の詩人のアンソロジーで、読者側に立つものが困るのは、詩集完本が収められることが少なく、ひとつの刊行物としての或る詩集が持つ全体としての力が分かりにくくなってしまっているということである。

西脇順三郎は生前十四冊の詩集を刊行している。生存期間も作成期間もとりわけ長い、息の長い、読み手の年齢によっても味わいが異なってくるであろう、お付き合いも長くとることのできる詩人の一人だ。何かのきっかけで気に入ったら、全集で全作品にあたればいいようなものだが、なかなかその全作品の集成に容易にアクセスできるということはない。都内レベル、全国レベルでの蔵書はあっても、居住地域で容易にアクセス可能な体制にはまだまだなってはいない。現時点で大分改善されているとはいえ、地域的にまだまだ図書館利用環境については差異がある。

図書館のデジタル化がもう少し進めば、言葉としての詩作品を、より容易に、より時間的ロスを少なく、自分の手元に引き寄せることは可能になるかもしれないが、2021年現在は、まだ、待ち時間と最適化はされていない申請手続きが必要な環境下にある。その限定性というかもどかしさも、西脇順三郎の詩的世界においては、愛すべき個別性をもった事象でありそうなのだが、それは二十一世紀のネット社会を生きる西脇順三郎読者が身をもって解釈していけばいいことであるようにも思う。

絶対ではない、絶対にはなり得ない、有限で孤独なものであるひとりの人間でがゆえに感じることのできる哀愁、宇宙的な淋しさのひとつの現象としてとらえればいいことであるのかもしれない。

人間は土の上で生命を得て土の上で死ぬ「もの」である。だが人間には永遠といふ淋しい気持ちの無限の世界を感じる力がある。
このいたましい淋しい人間の現実に立つて詩の世界をつくらないと、その詩が単なる思想であり、空虚になる。
(「あむばるわりあ」あとがきより)

詩人の感じる力に感応し、感染して、空虚と境を接した現実の世界を身をもって生きることが、西脇順三郎の読者には託されている、と思う。成就した力、あるいは連綿と続く単性生殖がゆえ成就はされぬ死産を通って出現した死児©吉岡實の力が思考する世界。感じる力と、感じることを知り、そのうえに表現を覆うようにして、感じること自体を彩らせる力。その力に感応することが、西脇順三郎の作品を読むという行為なのであろうと思う。

町で聞く人間の会話
雑草の影が写る石
魚のおもみ
とうもろこしの形や色彩や
柱のふとさ
なにも象徴しないものがいい
つまらない存在に
無限の淋しさが
反映している
淋しさは永遠の
最後のシムボルだ
(『えてるにたす』Ⅰ部分)

つまらない存在(だが誰がつまらないと宣言できるのか?)を無限と永遠の層に照らして、ものそのもの、ことそのこととして、淋しいという味わいのもとではありながら全面享受する、この世界における共存者としての我、詩人。

ひとりの「詩人」が語る言葉に共感してしまった場合には、その共感の感染力とともに、いまあるこの世界に、身を開いてゆく準備をしなければならないような気持が、かすかではあるが湧いてくる。

 

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目次:


『ambarvalia』から
LE MONDE ANCIEN

ギリシア的抒情詩
天気
カプリの牧人


太陽

拉典哀歌
ヴィーナス祭の前晩

LE MONDE MODERNE

馥郁タル火夫

紙芝居 Shylockiade

失楽園
世界開闢説
内面的に深き日記
林檎と蛇
風のバラ
薔薇物語
旅人
ホメロスを読む男

 

『あむばるわりあ』から

LE MONDE ANCIEN

毒李


LE MONDE MODERNE

廃園の情
内面の日記
林檎と蛇
詩情(あとがき)

 

『旅人かへらず』から

 

『近代の寓話』から
(序)
近代の寓話
キャサリン
アン・ヴェrオニカ

無常
冬の日
山の実
甲州街道
夏(失われたりんぼくの実)
山の酒
粘土
一月
道路
呼びとめられて

 

『第三の神話』から
十月
正月三田
六月の朝
二人は歩いた
自伝
しゆんらん
プレリュード
第三の神話

 

『失われた時』から
I 

IV

 

『豊饒の女神』から
季節の言葉
あざみの衣
最終講義

 

『えてるにたす』から
えてるにてす
エピローグ

 

『宝石に眠り』から
イタリア紀行
まさかり
宝石の眠り

 

『禮記』から
坂の夕暮

田園の憂鬱(哀歌)
故園の情
愛人の夏
《秋の歌》
生物の夏
あとがき

 

『鹿門』から
クラマ
屑屋の神秘
アポカリプス

ヴァリエーション
北海の旅
海の微風
元旦

 

『人類』から
元旦


郷愁

 

岩波文庫版の西脇順三郎のアンソロジーは、詩人としての活動全期間を網羅しているところと、新刊購入読者階層にとっては日本近代詩のメインプレイヤーの一人に接するには適した一冊だが、刊行時の詩集としてのまとまりから揚がる詩興を断念した上での抄録なので、読後の読み切れていないというところの物足りなさは、いかんせん残る。入門書、または参照書くらいの感じで接したほうがいいのかもしれない。


西脇順三郎
1894 - 1982
那珂太郎
1922 - 2014