読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

松岡正剛+ドミニク・チェン『謎床 思考が発酵する編集術』(晶文社 2017)

謎床、なぞどこ。

謎を生み出すための苗床や寝床のような安らいつつ生気を育む場という意味でつけられたタイトル。

ぬか床で漬物をつけているという情報工学が専門のドミニク・チェンが、正解を導くために必要とされるある謎を生む必要があり、謎を触発したり提示したりする師弟の場や読書探索の場をもつ必要があるということで、発言されるにいたった造語。

ぬか床のように、手入れを怠ったり漬けぐあいの判断を誤ったりすると、発酵から腐敗に変わってしまうことも念頭に入れつつ、謎床もいい謎が出てくるように手入れをしていかなければいけないという、ドミニク・チェンの思いは、松岡正剛とも共鳴し、対談全体を象徴するすぐれたタイトルとなった。

「謎」、というよりも「問い」、「Question」と置き換えたほうが本書全体で大切に語られていることのニュアンスにはより近いが、日本語の語感として「謎床」という造語は喚起力にすぐれている。さすが30代前半での著作で松岡正剛の千夜千冊に取り上げられただけの才能だと、感心した。

なぜ謎が大切かというと、正しい答えは正しい問いから導かれるという、比較的よく言われる問題解決の要諦に関わる。このあたりことを知の領域全般に目が行き届いている編集工学提唱者の松岡正剛が発言すると、たとえば次のようになる。

特定のAにいたるためのコースが、複数のQによって設定できるということが大事です。なぜそのほうが大事かというと、私たちは生命システムだからです。私たちは合目的的な答えをもっていないし、それをめざしてもいない。しかし人間は目的がほしい。ほしかったけれど、生命システムが辿るだろうコースは変えられません。そうだとすると、Qのほうに動機もエンジンもあるんです。
(第2章 シンギュラリティを迎える前にやっておくべき、いくつかのこと 「リコメンデーション化されすぎた機械」p236)

個人やチームやそれ組織の組織を超えて人間や生命システムの話になっているところが壮大で、それを語るにさまざまな知を用いて対話しながらたどり着いた言葉であるから、実際に本を読みすすめてこの発言箇所に出会うとストンと入りこんでくる。両者ともに大学で教えたことのある教師であり、また目を見張る事業を展開している人物でもあるので、知の側面だけではなく、世界を変えていこうとする実践の側面も語りに入りこんでいて、とても刺激的。自分と比べてしまうと凹んでしまう可能性もあるのだが、そこは致し方ない。凹んだぶん戻ろうとするパワーときっかけも、いろいろと埋め込んでくれているので、気になったところ気に入ったところから立ち上がっていけばよい。ちなみに私は、西垣通の基礎情報学を含めて、ネオ・サイバネティクスをすこし追ってみようかと凹みながら立ち直ろうとしている。

ほかには、松岡正剛が普段あまり語らない自分の人生経路を決定するような経験について語っているところも、大変興味深い。ドミニク・チェンも特異な環境を経ていまにいたっているようで、必然的に学問の世界にのめり込んでいくタイプの人生というものがあるのだなということも感じた。

www.shobunsha.co.jp


【付箋箇所】
4, 39, 58, 64, 68, 69, 79, 84, 95, 97, 109, 114, 116, 123, 125, 135, 157, 170, 199, 205, 212, 227, 234, 236, 240, 246, 286, 355

目次:
第1章 僕たちは「胡蝶の夢」を見られるか?
第2章 シンギュラリティを迎える前にやっておくべき、いくつかのこと
第3章 発酵と腐敗のあいだで̶̶フラジャイルな創造はどのように生まれるのか


松岡正剛
1944 -

ドミニク・チェン
1981 -


参考:

uho360.hatenablog.com


 

uho360.hatenablog.com