読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

嶋岡晨編 日本の詩『草野心平』(ほるぷ出版 1975)

青年期の作品から中年期を経て老年期の作品まで万遍なく採られた本詩選集は、詩人の歩みにおいて変わらないものと変っていくものをふたつながらたどり、言葉を書きながら生きることもある人間のひとつの軌跡を描き出している。嶋岡晨の選による暦年形式の詩の配分が効いている。1973年に筑摩書房から刊行された『草野心平詩全景』からの抄出で、これ以降毎年12回にわたって刊行された怒涛の年次詩集の作品は含まれていないのだが、それがかえって詩人70歳までの歩みをより濃く描き出している。

収録作品の配分は以下のとおり。
『第百階級』以前 4篇
『第百階級』(1928) 4篇
『明日は天気だ』(1931) 7篇
『母岩』(1935) 4篇
『蛙』(1938) 4篇
『絶景』(1940) 13篇
『富士山』(1943) 6篇
『大白道』(1944) 5篇
『日本沙漠』(1948) 5篇
『牡丹園』(1948) 5篇
『定本 蛙』(1949) 8篇
『天』(1951) 9篇
『第四の蛙』(1964) 11篇
『富士山』(1968) 6篇
『マンモスの牙』(1966) 12篇
『こわれたオルガン』(1968) 5篇
『太陽は東からあがる』(1970) 5篇
『侏羅紀の果ての昨今』(1971) 16篇

30代の作品と60代の作品が比較的厚めに採られているため、詩人のなかで変化した部分が比較的拾いやすい。

 

32歳時の作品。

なんにもないただ未来だけと考へる中を脚はあるく。とまつても時間の中にすべてはのめりこんでしまふ。のめりこんでしまふ時間の中で遠い時間の向ふの時間の薔薇色の天に絶叫し。その交響の大歓喜をコツプをあふつてて仰げるだらうか。
(1935刊『母岩』「その交響の大歓喜を」部分)

68歳時の作品。

ホトケノザ
春は冬のまんなかからはじまる。
くぎりなどないだだっぴろい時間のなかを今。
地球はぐるぐる廻ってるなんて。
まるでうそっぱちな。
動じないオレの地盤。
(1970刊『太陽は東からあがる』「冬の朝の散歩」部分)

 

蛙や草花をとおして生命や宇宙を感じる実験台ともいえる自分自身の命に対しての敏感な感性が貫かれているなかで、老いてからだに不調がでてくるようにもなり、死の予感をも抱えながら、天体レベルに広がる生命現象や存在と無のダイナミズムに無理なく感じいり、そこから普段使いされている言葉を詩人ながらの選択と切断と配合をほどこして、平凡とはなにか別様の世界を見せてくれている。生命現象をベースにした脱神秘的な神秘的世界。あたりまえにあるものの不可思議と堅牢さ。


草野心平
1903 - 1988
嶋岡晨
1932 -

参考:

uho360.hatenablog.com