読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

中央公論社 日本の絵巻20『一遍上人絵伝』(1988年刊 編集・解説 小松茂美 )

踊念仏の一遍(1239~1289)没後十年の1299年、弟子の聖戒が師の言行をとどめ置くために詞書を調え、土佐派系統とみられる絵師の法眼円伊に描かせた全12巻におよぶ伝記作品。人が集まる法話の様子や時衆による踊念仏の集団表現や、それらとともに画かれる市井の人物たちの表現が優れている。ひとりひとり異なる表情や身ぶり手ぶりが繊細な表現で描かれていて、生きいきとした躍動感が感じ取れる。

ネット上で検索すれば出てくる時宗踊念仏の動画はかなりおとなしいものにしか見えないが、この聖絵で描写されているのは、数十名にもおよぶ壮年の男たちが念仏を唱えながら踊りまわり、ときに床を踏み抜くこともあったという、トランス状態にも導いていくような身体表現で、とても生々しい。特にふくらはぎから足先にかけての筋肉の動きが分かるような表現には驚くべきものがあり、その同じ技術をもって描かれる大型から小型までの様々な動物たち、馬や牛や鹿や犬の動きなどもほれぼれするものがある。700年まえの作品で色彩の剥落もないではないが、豊かな色彩とはっきりした描線が見る楽しみをしっかり担保してくれている。

一遍を顕彰しようとする作品であるので、詞書を含めて一遍の描写が中心になっているのはもちろんのことであるが、絵巻を成立させるにあたって取り込まれた風景描写、自然描写、田園描写、また、街やそこに生きている人々、侍、商人、農民、乞食、病者の姿が、一遍の教えや人生を抜きにしても感動を与えてくれる。個人的には、場面転換にも多く使われている渺茫とした田園風景に描き込まれている様々な鳥の姿に視線を止めて感心することが多かった。絵師円伊の隙のない仕事ぶりが、全12巻、373ページの大きな作品を美しく陶然とした世界としてくれていている。二度目以降、好きに眺められる時間はとても贅沢だ。

 

一遍
1239 - 1289
聖戒
1261 - 1323

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com