読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

トマス・スターンズ・エリオット『エリオット全集1 詩』(中央公論社 改訂初版1971)

エリオットの仕事は大きく三つに分かれる。詩と詩劇と批評がそれだ。詩人でエリオットの訳者でもあり大学の英文学教授でもあった西脇順三郎はエリオットの業績として詩よりも批評を評価していたが、世界観の振り幅の大きさを考えると、詩の世界のほうに個人的には惹かれる。ミュージカル「キャッツ」の原作『おとぼけおじさんの猫行状記』から宗教的要素の最も濃い『「岩」の合唱』に加えて、第一次大戦後にことにあらわになった近代社会の精神的荒廃をアイロニカルに詠った「ゲロンチョン」『荒地』「うつろな人々」のそれぞれ異なる世界観と詩語の世界に一挙に触れられる主にエリオット前半の詩人としての全活動の見事さに比較できる人はなかなかいない。

エリオットの詩作品は、作品数が少ないのと複数の訳者によって何種かの詩選集や研究書が発行されているので、今回日本語訳全集版に触れるまでにほぼすべての作品を複数回読んではいるのだが、今回ほぼ全詩作をまとめて年代順に読んでみても、感心することが多かった。訳注なしの潔い構成ということもあって、一気に読み通してみたいときにとくに向いている。

 

収録作品は以下のとおり。

01 深瀬基寛訳 プルーフロックとその他の観察
  Prufrock and Other Observations  (1917, 29歳, 全12篇)
02 深瀬基寛訳 詩集 
  Poems (1920, 32歳, 全12篇)
03 深瀬基寛訳 荒地 
  The Waste Land (1922, 34歳)
04 深瀬基寛訳 うつろなる人々 
  The Hollow Men (1925, 37歳)
05 上田保 訳 聖灰水曜日 
  Ash-Wednesday (1930, 42歳)
06 上田保 訳 妖精詩集 
  Ariel Poems (1927~1930, 全4篇)
07 上田保 訳 未完成の詩 
  Unfinished Poems (闘牛士スウィーニィ, コリオラン)
08 上田保 訳 小さな詩 
  Minor Poems (1924~1935, 全5篇)
09 上田保 訳 「岩」の合唱 
  Choruses from 'The Rock' (1934, 46歳)
10 二宮尊道訳 おとぼけおじさんの猫行状記
  OLD POSSUM'S BOOK OF PRACTICAL CATS (1939, 51歳) 
11 二宮尊道訳 四つの四重奏 
  FOUR QUARTETS (1943, 55歳)
12 二宮尊道訳 クリスマス・ツリーの栽培 
  THE CULTIVATION OF CHRISTMAS TREES (1954, 66歳)

 

1954年作の「クリスマス・ツリーの栽培」ははじめて読んだ。『荒地』とともに詩人を代表する作品である『四つの四重奏』以降は、『カクテル・パーティー』や『秘書』などの詩劇に向かったため、詩を書かなくなったということをより強く印象づけられた小品であった。

2022年、「荒地」百周年の年頭に読んだということもあって、『荒地』第5篇「雷の曰 What the Thunder said」の終局部に引用されている『ウパニシャッド』のサンスクリット語の文言が、これからの指針のように響いた。神もなく、仏もなくとも、真言としての効能があるように思えてならない。深瀬基寛訳では日本語訳にサンスクリットの音がカナルビで振られているが、ここでは分離して引用させていただく。

ダッタ ダーヤズヴァム ダムヤータ
  シャンティ シャンティ シャンティ

与えよ。共感せよ。自制せよ。
  平安 平安 平安

数年前、前職の勤務地への通勤の行き帰りにエリオット朗読の「荒地」をよく聞いていた時期があった。そのときの「シャンティ シャンティ シャンティ」の唱え方は、雷の後の待ちわびた雨のようなしっとりしたものであったが、雷の聲というのであれば、落雷時のピシャーという電光をともなった天と地の交歓の音というばあいもあるのかなと、いま勝手に想像している。聖なる平安、いかづちとしての平安。

トマス・スターンズ・エリオット
1888 - 1965
深瀬基寛
1895 - 1966
上田保
1894 - 1980
二宮尊道
1911 - 1972

参考:

uho360.hatenablog.com