読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

コンラート・ローレンツ『攻撃 悪の自然誌』(原著 1963, みすず書房 日高敏隆+久保和彦訳 1970)

AIの進歩とともに機械であるコンピュータと人間を比較考察する論考が数多くなされ、また脳科学の発達とともに心脳問題あるいは心身問題にあらためて熱い視線が注がれている現在、生物学者ローレンツが本能の儀式化する様子やゲノム情報によらずに世代間に情報伝達する動物たちの行動を観察し人間の行動との比較考察をしている本書は、人間の置かれている状況をより広くより良く考察するために改めて読み直される価値があるのではないかと思った。
今回は30年ぶりくらいの再読。
遺伝情報として行動可能なパターンは組み込まれているとはいえ、それ以外に個体の経験の情報を世代を超えて伝える経路の存在を指摘しているところなど、一般的に人間のみの能力と考えられている文化伝達能力と重なる部分がいくつも存在することを指摘しているところが大変刺激的だ。60年も前の情報でもまだまだ色褪せていない。

たとえば、ネズミたちが新しい食物を食べられる餌か食べられない餌かを経験によって判別したのち、食べられない餌には糞や尿をかけて拒絶するさまを描き出したあとにつづく文章などはぜひとも記憶にとめておきたいものである。

もっとも驚くのは、ある特定の餌が危険であるという知識が代々伝えられ、それをほとんど経験した個体がなくなってもまだその知識が残っていることである。人間に対するもっとも繁栄した生物学的な仇敵であるドブネズミを効果的に征伐するのがじつに困難であるわけは、まず何よりも、ネズミたちが伝統によって経験を伝達し、密に結合した共同体の中にそれを広めてゆくという、人間が用いているのと基本的にはよく似た方法を使っているからである。
(第10章「ネズミたち」p228 )

生物としての生存価というフレームに照らして獲得された情報の行動による伝達というものが、意識や言語をもつ人間以外の生物にも存在しているということは知識としてもっておいた方がよい。

www.msz.co.jp

【付箋箇所】
24, 31, 42, 59, 65, 69, 70, 75, 81, 86, 92, 117, 168, 196, 207, 210, 228, 251, 286, 299, 315, 316, 323, 333, 343, 350, 366, 374, 384

目次:
第 1章 海の序章
第 2章 研究室での続き
第 3章 悪の役割
第 4章 攻撃の自発性
第 5章 習慣、儀式、魔法
第 6章 本能の大議会
第 7章 道徳類似の行動様式
第 8章 無名の群れ
第 9章 愛なき社会
第10章 ネズミたち
第11章 連帯のきずな
第12章 けんそんのすすめ
第13章 この人を見よ
第14章 希望の糸

コンラート・ローレンツ
1903 - 1989
日高敏隆
1930 -     2009
久保和彦
1928 - 1989

参考:

uho360.hatenablog.com