2020年に七月堂の叢書版『ピエール・ルヴェルディ詩集』が刊行されたのに続いて、新訳新編集で刊行されたピエール・ルヴェルディのアンソロジー。2021年8月にさらに七月堂から佐々木洋の訳で詩集『死者たちの歌』が刊行されている。知らないところで静かに流行っているのだろうか? それほど売れるとも読まれるとも思えない訳詩集が続けて刊行されるルヴェルディはとても恵まれている。熱烈な愛好者がいて、特段のイベントがあるわけでもないのに出版刊行の段取りをつけるということはたいへんなことなのだろうなとしみじみ思う。
ピエール・ルヴェルディはシュルレアリスムの先駆的存在としても知られる詩人。日本の文芸の言葉でいえば二物衝撃のようなふたつの遠い事象をとり合わせることで新たなイメージをつくり出す技法を意識的に追求した詩人。どちらかといえば冷えた感受性と言語感覚をもった詩人であるので、意外な言語の組み合わせからなる詩文は、跳ねるように鮮烈というよりも、不穏で執拗な流れのようで、読む時間を重ねるごとに心に沁み込んでくる。詩や散文から想像される作者のイメージは、世界に対しての半身の姿勢、憂いのある横顔、覗き見ているような片目で、それでも立ち去ろうとはしないしできもしない
本書の題となった詩の「魂の不滅なる白い砂漠」も北方の凍てつく地方の砂漠のようで、不毛のなか妖しさに身を翻弄されながらとぼとぼと歩むほかない状況を詠っているようだ。ものの影に好ましいものではないなにものかがひそんでいる妖気を感じながら、立ち去ることもできず、それに耐えるようにして書き継がれたいくつもの詩篇。
昨日もまた、私は空が荒れて不吉な光を放つのを見つめていたのだ。黒一色になった池の表面がその色を映し出し、そこには塊となって押し出されるようにインクの泡が浮き出ては破裂していた。
(「詩人のことば――巻頭言にかえて――」部分)
荒れた空の不吉な光を写して時々刻々動く黒い皮膜のインクの泡の球面。斑状のものが次の瞬間には小さく破裂し、消え、また浮かび上がる。休まることのない詩人の心象風景。閉塞しているときの同伴者(先行者)として、これほど信頼のおける人はめずらしい。
ピエール・ルヴェルディ
1889 - 1960
山口孝行
1970 -
平林通洋
1972 -
参考: