読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

アイヴァー・A・リチャーズ『レトリックの哲学』(原講演 1936, 原著 1936, 未来社 転換期を読む29 村山淳彦訳 2021)

本書のもとになる講演では、レトリック、修辞学。言語による表現技法を研究する学問。主に弁論と文芸における言語表現を扱い、言語操作による人間的世界創出活動を考察している。人間にとって言葉は考えるための融通無礙かつ桎梏にもなる道具であり、材料であり、出力でもあるという、受難と自由の双方に開かれたところに敏感な感性と知性をもった研究考察者の仕事。どちらかというと、つねに技術的に、神秘性抜きに、明晰に言語の増幅効果を語るところに特徴がある。

言葉は、感覚や直観ではけっして結びつき合えない多くの経験が結合しあう集結点です。頭が自らを秩序づけようとして営む果てしのない努力のあの成長の、現場でもあり手段でもあります。だからこそわたしたちには言語があるのです。それは単なる信号体系などではありません。わたしたちの際だって人間的な発達全体を助ける道具であり、わたしたちが他の動物を凌駕する要素すべてを育む道具なのです。
(第6講 隠喩(承前) p169 )

ひとつの言語記号あるいはひとつの観念が、隣接する複数の言語記号あるいは複数の観念を呼び寄せて、意味表現を重層化複層化して、世界に厚みをもたせる言語自体に備わる隠喩的な性向を、肯定的に解放すべく検討しているのがアイヴァー・A・リチャーズの仕事の特徴であろう。言語活動が世界を開拓し、花ひらかせ、人の活動領域を拡げていくという指摘。言語活動に関する硬直的拘束的考察に対する抵抗。20世紀前半の文芸批評界に大きな足跡を残し、作品を構成している言語に焦点を当てる批評活動に道を開いたことは特筆に値する。

頭は言語がつねに生成変化しているように柔軟かつ貪欲でなければならない。

チャールズ・ケイ・オグデンとともに「ベーシック・イングリッシュ」の普及実践に尽力したことでも参照されるべき人物である。『絵で見る英語』シリーズでお世話になっている人も多いかと思うが、メインフィールドは文芸批評の人であるということも知っておいてほしい。

 

www.miraisha.co.jp

【付箋箇所】
44, 55, 83, 85, 115, 120, 125, 146, 156, 164, 167

目次:
 はしがき
第1講 まえおき
第2講 言述の目的と多種のコンテクスト
第3講 語同士の相互確定
第4講 語に対するいくつかの評価規準
第5講 隠喩
第6講 隠喩(承前)
 訳者解説・あとがき

アイヴァー・A・リチャーズ
1893-1979
村山淳彦
1944 -