読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

吉見昭德訳 「クレーバー第4版対訳 古英語叙事詩『ベーオウルフ』」(春風社 2018)

7世紀から9世紀のあいだに写本が成立したとする説が有力な古英語で書かれた全3182行の英雄叙事詩の最新対訳本。古英語がどんなものかということと古典注入という関心から手に取ってみた。個人的に西脇順三郎対策という意味もある
日本で8世紀といえば『古事記』(712年)『日本書紀』(720年)や『万葉集』が成立した時代、あるいは空海(774-835)が活動を開始しはじめる時代で、まだひらがなもカタカナもない時代。そう比較してみると、古英語というのがほとんど読めないというのも当たり前かと思い左ページをときどき眺めながら右ページの日本語訳を中心に読みすすめる。
内容は6世紀の北ヨーロッパデンマークスカンジナビア)の伝説をもとにした宮廷政治と怪物退治の話。宴と戦闘、酒と鉄(鎧、兜。刀)、血と火が混じり合う不安定な世界。その世界に戦闘の勝利と安定した治世をもたらすベーオウルフの若き日の活躍(巨大食人鬼グレンデルと子を失ったその母との対決)と晩年最後の戦闘(火を吐く龍との対決)を描いている。ファンタジーの雄トールキンがベーオウルフの研究者だったという事前情報もあって期待して読んだりすると、くりかえしが多く美麗な語彙が用いられていても淡白な味わいの叙述をものたりなく思ってしまったりもするが、破綻や展開に飛躍のないしっかりした構成には関心する。さすが石と鉄によって城砦を作り上げる地方の話だ。

時に、闘争で流す血潮の後には、
あの剣、戦いの刀剣は 戦う氷柱のごとくに
徐々に、溶けだしたのだ。 神が、霜の足枷を
緩めて、 時節と機会の制御をなすと
水底の束縛を解く時 そのすべてが、
まるで氷のごとくに 溶けるのは確かに摩訶
不可思議であった。それこそが真の神技である。
(1605~1611行)

洋風。そして叙事的。「それこそが真の神技である」で終わるところは、いまの感覚ではあっさり感じる。

詩句のなかに盛んに読み込まれている蜂蜜酒や武具については、それを作成する民衆の話も紛れ込んではいないかと注意して読んだが、それは含まれていなかった。蜂蜜酒(ミード)は世界最古のアルコール飲料といわれているもので、水と蜂蜜を混ぜて放置しておくと自然に発酵してアルコールなるらしい。それでも養蜂は行われていたはずでそのあたりの活動が詩句のなかで詠われていたら儲けものかなと思っていた。かなり大量に作られているような鉄製の武具に関しても当時の職人の姿はどんなものかという興味は湧く。ただ、それは英雄譚の領域ではないから出てこなくても当たり前といえば当たり前。

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目次:
はじめに
『ベーオウルフ』関連地図
王朝系図
古英語叙事詩『ベーオウルフ』
断片詩『フィンズブルグの戦い』

吉見昭德
1939 -