読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

山内志朗『新版 天使の記号学 小さな中世哲学入門』(単行本 岩波書店 2001, 加筆修正新版 岩波現代文庫 2019)

ドゥルーズの内在の哲学とドゥンス・スコトゥスの存在の一義性への傾倒に関心を持ったことで中世哲学関連本を最近よく読んでいる。日本人の研究者で入手しやすいのは八木雄二山内志朗の著作で、並行して読んだりすると、書き方にも原典の読み方にも違いがあって、単独で得られる情報や面白さとはまた別の味わいも出てきて興味をそそる。私が読んだ限りでは、アカデミックな印象の本格派八木雄二に対して、現代思想やコミュニケーション論から修験道まで目配せする変則派山内志朗という配置で、おそらく二人間の相性は悪いであろうと想像させる違いぶりがある。

山内志朗本人はそもそも中世哲学は専門ではない(公式での専門はライプニッツ)といいながら、ドゥンス・スコトゥスに深入りし、ドゥルーズへのオマージュも語るという、どちらかといえば一般読者層の俗な関心領域にグッと切り込んでくるようなフットワークがある。しかし、ドゥルーズやドゥンス・スコトゥスに比べると非常に軽い。軽いがゆえに入門としては入りやすいが、そこから先、読者各自のより深い探索のきっかけになるかどうかというと、学知の部分においては抵抗やより深い疑問を感じにくい装飾多めの論考なので、かなり人を選ぶ。好き嫌いがはっきり分かれるであろう色付けの濃い表現を行なっている。

山内志朗作品は全著作との比率でいうとそれほど多くは読んでいないものの、本書はわりと韜晦や個人的感情表出の少ない素直に読みすすめられる作品である(この書物にも軽さや薄さを感じる人にはぜひ八木雄二作品を手に取っていただきたい。春秋社の『天使はなぜ堕落するか』か最近作の『「神」と「わたし」の哲学』がお勧め。とくに『天使はなぜ堕落するか』は腹にも脳にもたまる感じ。中世哲学の浅漬け身体になれます)。どちらかというと現代的な思想動向に中世思想を結びつけてソワソワさせるほのめかしの上手さが目立つ思想案内の書。入門書としての大枠を外さずに、気軽に食いつけるところが見つけやすいところが商品として優れていると思う。

境界の上にあること(リミナリティ)は、曖昧かつ両義的な性質を有する。相異なる二つの領域の間にある曖昧な境域は、異なったものがそれぞれ存続しながら、しかし交流し合う場面である以上、秩序維持にとって決定的に重要な意義を有している。この境界性というあり方は、文化的空間を成立させる秩序や分類の網の目からはみ出している。両義的なものは、内部にあるのでも外部にあるのでもない、危険なものだ。リミナリティにあるものは、基本的に公の世界では隠されがちだ。内部と外部との境界がどこに設定されているかは、文化ごとに相対的である。顔であれふくらはぎであれ、「はしたない」といわれるようなことがリミナリティ上にあることだ。

(第4章 肉体の現象学 2 身体の聖性 p150 )

 

こちらは中世と近代での身体に対する見方の違いを見るなかで、どちらかというと通底している部分に関して述べているところで、中世と近代の差よりも境界線を侵犯する際に噴出するエネルギーに著者の関心は向けられているようだ。著者の興味関心は中世を中心に語ることではなく、そこからより現代的に興味深いものに中世の何が結びつくかというところにあるようで、中世哲学を系統だって学びたい人よりも、現代的関心により結びつきやすい部分を察知する好奇心が優位にある人に親和性があると思う。

www.iwanami.co.jp

【付箋箇所】
8, 1719, 23, 35, 38, 90, 100, 104, 125, 128, 138, 150, 161, 169, 222, 231, 235, 239, 271, 272, 276, 294, 300, 305, 315, 324, 328, 339,

目次:

小さなまえがき

序 章 リアリティのゆくえ

第1章 天使の言葉
 1 天使に言語は必要なのか
 2 天使の言語論
 3 言葉の裏切りと他者の裏切り
 4 祈りの言葉
 5 言葉の受肉

第2章 欲望と快楽の文法
 1 現代のグノーシス主義
 2 欲望の構造
 3 欲望の己有化
 4 欲望の充足可能性
 5 快楽の技法

第3章 聖霊とコミュニカビリティ
 1 コミュニケーションの多層性
 2 聖霊論の構図
 3 名前とコミュニカビリティ
 4 コミュニカビリティの文法

第4章 肉体の現象学
 1 魂と肉体
 2 身体の聖性
 3 身体図式と身体イメージ
 4 肉体とハビトゥス
 5 肉体と〈かたち〉

第5章 媒介の問題としての〈存在〉
 1 媒介と共約不可能性
 2 〈存在〉の一義性
 3 〈存在〉の中立性
 4 偶然なるものの神学

第6章 普遍とリアリティ
 1 普遍論争の焦点
 2 プロティノスの残照
 3 存在と本質
 4 普遍から個体へ
 5 個体化論の構図
 6 〈このもの性〉という深淵

終 章 〈私〉というハビトゥス

参考文献
あとがき
文庫版のためのあとがき
解 説……………北野圭介


山内志朗
1957 - 
ジル・ドゥルーズ
1169-1206
ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス 
1265-1308
八木雄二
1952 -