中世哲学の勃興から衰滅までの流れと、時代ごと哲学者ごとの思想内容を、難易度の高そうな部分も含めて、初学者にもじっくり丁寧に伝えてくれる頼れる書物。著者のしっかりした研究の成果がみごとに整理されているうえに、中世哲学を読むときに気を付けておくべきこと、現代の科学的思考との違いと繋がりなど、貴重な見解も要所要所に織り込まれているので、読みものとしてもすぐれた一冊になっている。総ページ数593ページと分厚い作品だが、濃厚なのに、爽やかな印象すらある。はじめて理解することができたようなこと、違いがわかったこと、知ることができたことが目白押しで、とにかく飽きさせないし、いたずらに難しく語るようなこともしない。、
神の三位性と父、子、精霊のペルソナ
神と天使と人間
存在(エッセ)と本質(エッセンティア)
主知主義と主意主義
知性と意志
精神と身体
普遍と個物
抽象と個別存在
偶然と必然
唯名論と実在論
大学と教会
など
忘れてしまったらもう一度この書物に立ちかえればよいという安心感もある。中世哲学を専門としていることの今日的意味と、哲学者として言論を吟味することの有効性を、嫌みなく、自信をもって打ち出している著者の、さすが専門家と思える仕事。
人間は、自分の世界に閉じこもり、それを絶対視しがちである。それに警鐘を鳴らすことは、じつは哲学の重要なはたらきである。このはたらきを、哲学以外の学問に期待することはできない。なぜなら、まさに価値観自体を対象とすることができるのは、哲学だけだからである。哲学だけが、価値観の変化を明確に記述することができる。
また、現代のほうが中世より「新しい」としても、それは「より正しい」ことの根拠にはならない。むしろ中世が誤りをもっているのなら、現代も誤りがちであることに変わりはないはずである。私たちも所詮は人間でしかない。哲学の研究においては、己の視点を含めて、十二分に謙虚でなければならない。
(第10章 西ヨーロッパの文明開化とアリストテレスの時代―トマス・アクィナスの「エッセ」p313-314)
【付箋箇所】
25, 35, 38, 44, 53, 81, 85, 114, 192, 200, 202, 204, 209, 215, 250, 254, 268, 279, 284, 289, 302, 305, 307,313, 326, 328, 341, 342, 348, 356, 359, 374, 386, 396, 402, 408, 418, 441, 477, 492, 497, 499, 501, 504, 547, 550, 555, 561, 564, 571
目次:
第1部 中世とは何か
ヨーロッパ中世世界
天使と秩序世界
中世一〇〇〇年
大学の誕生
古代からの継承と普遍論争 アウグスティヌス、ボエティウス
第2部 中世哲学の誕生と発展
キリスト教神学の成立―カンタベリーのアンセルムス1
神の存在―カンタベリーのアンセルムス2
天使の堕落―カンタベリーのアンセルムス3
イスラム哲学―アヴィセンナ、ガザーリー、アヴェロエス
西ヨーロッパの文明開化とアリストテレスの時代―トマス・アクィナスの「エッセ」
第3部 中世哲学の成熟と終焉
変化のきざし―ヨハニス・オリヴィ
ヨーロッパ中世終端間近の輝き―ドゥンス・スコトゥス1
存在の類比から概念へ―ドゥンス・スコトゥス2
個別者とペルソナ―ドゥンス・スコトゥス3
可能世界と自由意志、及び「針先の天使」―ドゥンス・スコトゥス4
「中世」の終わり―オッカムとエックハルト
八木雄二
1952 -