読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

揖斐高 編訳『江戸漢詩選』(上下全二巻 岩波文庫 2021)

日本文学古典注入。

日本漢詩がもっとも栄えた時期は江戸時代だということすら知らないほうが普通というくらいに現代では顧みられることの少ない漢詩の世界だが、明治近代へとつながっていく江戸の詩歌を、俳諧と和歌だけで考えるのは大きな間違いのような気がして、いまさらながら手に取って読んでみた。岩波文庫での最新の江戸漢詩アンソロジー。詩人150人・320首を集めている。
良寛頼山陽だけはまとめて読んだことはあるものの、ほかの詩人の作品は大概初見となるので、まずは原詩と訳注は軽く眺めるだけにして、読下し文と現代語訳を中心に読み通してみた。
編訳者揖斐高の編集方針として江戸時代を5つの期間に分けたうえで作者の生年順に作品を紹介しているのが本書の特徴となる。全巻読み通してみると19世紀以降の江戸後期から作風が大きく転換していることがはっきり感じられて、江戸時代260年の漢詩の流れを体感できたという気にさせてくれるところがわりと嬉しい。この転換については、編訳者の巻末解説に詳しい。詩は心の霊妙な働きから生まれるという明朝の袁宏道の性霊説の詩論の導入と、商人の台頭に伴う文芸の大衆化・全国化によるものであるという。

第四期「後期」(享和―文政期頃)は、古文辞格調派から清新性霊派へという詩風の転換によって、江戸漢詩儒者を中心とした知識人層の文学という枠を越えて大衆化し、地域的にも京都・大阪・江戸という大都市から地方の小都市へ、さらには郷村地帯にまで広がりを見せ始めた時期である。そして、性霊説の主張によって盛唐詩が絶対的な規範としての地位を失ったため、相対的に宋詩とくに南宋詩に対する見直し評価が行なわれ、盛唐詩的な「高華雄渾、古雅悲壮」な表現よりも、南宋詩的な写実的で温和な風景描写や日常生活の表現が喜ばれるようになった。
(「解説」下巻 p472-473 )

地方詩壇もぞくぞく出てきて活発な詩作と批評が行なわれた江戸時期以降の作品は、作者の出自も作品の題材もバラエティに富んでいて、現代的な興味関心からしてもわりと入り込みやすい。上巻先頭から読みはじめて単調さや退屈を感じるようであれば、下巻から読みすすめるのも手ではないかと思う。『江戸後期漢詩選』という単独の本だと思ってしまえば気も楽になる。

私が全体を通して興味を持った詩人とその作品は以下のとおり。

・独庵玄光「晩眺」
祇園南海「老矣行」
服部南郭「春草」
・秋山玉山「看雲叟」
・菅茶山 全般
・市川寛斎「窮婦嘆」
中島棕隠「首尾吟示琴廷調」
・草場佩川「十不吟」
・大塩中斎「天保丙申秋登甲山」
藤田東湖「有客贈一酒瓢者、愛翫不置、賦瓢兮歌」
・広瀬旭荘「雨夜与松園象山渓琴話怪」
・小野湖山「放歌行」

とくに菅茶山のリアリスティックな眼差しと鮮やかな詩語は、もう少し追ってみたいと感じさせるものがあった。

www.iwanami.co.jp

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目次:
幕初期(慶長―貞享期 1603-1688頃)
前 期(元禄―宝暦期 1688-1764頃)
中 期(明和―寛政期 1764-1801頃)
後 期(享和―文政期 1801-1830頃)
幕末期(天保―慶応期 1830-1868頃)

揖斐高
1946 -