読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

千葉雅也の小説二冊『デッドライン』(新潮社 2019)『オーバーヒート』(新潮社 2021)

私小説。標準的で規範的なものの抑圧に対するマイノリティ(ホモセクシャル)側からの抵抗と困惑の表明。「仮固定」「偶然性」「意味がない無意味」「無関係性」「分身」「生成変化」など千葉雅也の哲学書で語られている概念が、学生時代(『デッドライン』)と教師生活(『オーバーヒート』)の「僕」の生活を通して、どのように生きられているのか浮き彫りにされている。とくに「分身」への拘りが、どのようなところにあるのかよく感じ取れた。哲学者としての思想的背景を知っている人間からすると大変興味を持って読みすすめることができるのだが、これを単純に小説として評価できるかどうかというと、かなり躊躇する。『デッドライン』は野間文芸新人賞、『オーバーヒート』収録の短編「マジックミラー」は川端康成文学賞も獲っているのだけれど、小説表現としての新鮮味や驚きがあるかというと、それこそ標準的な範囲におさまっているような気がする。場面を断片化しで切りかえる手法などで特徴を出そうとしている様子はあるけれど、それほどびっくりするようなものではない。個人的にはバタイユクロソウスキーなどをちょっと期待したりもしていたので、文体にアクがなく、フィクション性も少ない作風に、すこし物足りなさを感じながら、常温で向かい合った。特定の地域で教師生活を続けている状態で、こんなことまで書いて大丈夫かしらとハラハラすることはあっても、それは現実の世界に関しての興味関心であって、小説や小説家に対しての興味関心ではなかった。個人的には、千葉雅也の作品として面白いもので、つぎの小説が出たらまた読むだろうけれど、単純に小説として人にはお勧めしずらい作品であり小説家であった。

www.shinchosha.co.jp

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千葉雅也
1978 -