読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

中林孝雄訳『エミリ・ディキンスン詩集』(松柏社 1986)

ウォルト・ホイットマン(1819-1892)と並び称されるアメリカの国民的詩人エミリ・ディキンスン(1830-1886)の没後100年にあわせて刊行された日本語訳アンソロジー。およそ1800篇残されたディキンスンの詩のなかから154篇を選び、作品番号順(基本的には年代順)に並べ、紹介している。巻頭から年代順に読みすすめていくと、1861年から1863年の30歳を過ぎての三年間の質量ともに突出した期間の存在に関心が行く。南北戦争が勃発した緊迫した情勢のなか、個人的にも恋愛感情や身近な人の死別、自身の病気などで心騒ぐ日々がつづき、精神的危機にあったとも考えられるこの時期を、ひたすら詩の創作で言葉とともにくぐり抜けた軌跡を辿れる。作品部分246ページのうち、この期間のものが136ページ連続して占めているのだから、ディキンスンを読むときには中心に据える必要のある驚くべき期間である。伝記的事実はあまり残されていないようで、とくに本書では巻末に年譜があるだけで詩人の生涯についてはほとんど言及されていないので、多くを知ることはできないが、翻訳作品ではあっても作品自体からただごとではない雰囲気は感じ取れる。ある程度まとまった分量で、作品だけのインパクトから、詩人に対して関心を持つようになるのに適当な編集であると思う。

中林孝雄は1970年刊行のT・H・ジョンスン編の『エミリ・ディキンスン全詩集』を底本として、原詩の形を可能なかぎり再現しようと大文字を傍点付与で示し、ディキンスンに特徴的なダッシュもそのままに写したとあとがきに述べている。

453
非常な狂気は明敏なにとって――
もっとも神に近い正気――
非常な正気は――まぎれもない狂気――
ここでも、あらゆる場合と同様、
幅をきかせるのが多数派――
賛成なら――正気とされ――
反対すれば――立ち所に危険人物とされて――
鉄の鎖に繫がれる――
(1862年)
※太字は実際は傍点

ネット上で該当原詩を探ってみたが、ダッシュは省略されたバージョンのようであった。底本自体が違っているので単純比較はできないかもしれない。

WIKISOURCE
(Editor    Mabel Loomis Todd and T. W. Higginson)

en.wikisource.org

Much madness is divinest sense
To a discerning eye ;
Much sense the starkest madness.
'T is the majority
In this, as all, prevails.
Assent, and you are sane ;
Demur, — you're straightway dangerous,
And handled with a chain.

Public Domain Poetryも同一。

www.public-domain-poetry.com

 

表記が同じものとしては以下Poetry Foundationサイトがあるが、権利関係が残っているようなので直接引用は控える。

www.poetryfoundation.org

 

中林孝雄訳『エミリ・ディキンスン詩集』(松柏社 1986)

 

中林孝雄
1941 -
エミリ・ディキンスン
1830 - 1886