読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

田村圓澄『日本を創った人びと 3 空海 真言密教の求道と実践』(平凡社 1978 編集:日本文化の会)

軽めの内容かと思ったら、本文も掲載図版も文句のつけようがない優れた一般向け専門書的図鑑だった。平凡社刊行だから、別冊太陽もしくはコロナ・ブックスのシリーズを想像していただくと、文章と図版の質と量の水準の高さの程度が知れるかと思う。
全82ページに図版189点、『聾瞽指帰』『三教指帰』から『秘密曼荼羅十住心論』『秘蔵宝鑰』までの仏教著作全般と、詩と書を中心とした文化人としての活動、高野山開山や寺院建築また満濃池改修などの事業家的側面が、少ないページのなかに圧縮して紹介されている。ほかの空海をめぐって書かれた著作では一冊のなかでいっぺんに知ることができないようなことまで万遍なく触れられているので効率がよく、またインパクトも強い。大学時代の学友との繋がり、薬子の変など歴史的事件から受けた影響、実際に使用された法具や寺院の姿が鮮明に描かれている。なかでも同時代を生きた最澄との因縁と思想と人物のコントラストは、平衡感覚のとれた最澄への目配りによって、二人ともに、新たな像を与えてくれる。最澄の現実世界を見る相対的かつ否定的な思考の傾向と、空海の永遠の世界を見る絶対的で肯定的な思考の傾向が、両者のうちどちらかを否定するようなことなく、ともに大人物として描かれているところが快い。好き嫌いや人物としての上下の判断の前に、差異を差異としてとらえているところがよい。「日本を創った人びと」シリーズには最澄が含まれていないが、本書からだけでも最澄の存在の大きさが感じられるは、一冊の書物としての価値の大きさがうかがわれる。
刊行年はすこし古いが、良書。発色のあまりよくない写真図版も、平安時代を生きた空海を想起するには、それはそれで味がある。

 

目次:
1 仏国土の建立
2 試行錯誤の軌跡
3 入唐求法
4 新しい法燈を掲げて
5 宿命の相剋
6 呪験と民衆
7 高野山開創
8 阿闍梨と文化人と
9 「永遠」を求めて


田村圓澄
1917 - 2013
弘法大師 空海
774 - 835