読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ピエール=フランソワ・モロー『スピノザ入門[改定新版]』(原著 2003, 2019, 白水社文庫クセジュ 訳:松田克進+樋口義郎 2021)

訳者によりスピノザ思想の入門書的性格をもつと判断されたために書名に「入門」の語を付けられてはいるが、スピノザの思想の根幹部分に容赦なく斬り込んでくる挑戦的な書物。もったいをつけずスマートに核心に斬り込みながら、淡々とすすむスタイルが爽快。最新の資料をもとにして、立証できる伝記的な事実を正確に伝えてくれる第一章から、誠実な研究の姿勢が感じられる本書の中心を担っているのは、やはり第二章の著作解説。残された全テクストをつぶさに吟味し、各テクスト間の関係性と個別テクストの特徴を圧縮して提供してくれている。「認識の種類の類型論、真と十全の区別、善・悪の相対性」、「知性と表象との対立」、「意識を追い越している一個の思惟」、「主観性の構成」、「並行論」、「感情の摸倣」など、スピノザの著作を読むときの力点を、この小さな本の中で要領よく教えてくれているのだ。

「私」の統一性は、〔デカルトの場合のように認識の〕基礎としての性格を担うものではなく、むしろ、〔諸機能のうちの〕一方から他方への移行を支えるものなのである。真の思惟の形相は「知性の能力および本性そのものに依存しなければならない」(七一節)のであって、〔例えば第一部の最後で扱われる〕記憶の研究とは、知性によって強化される記憶と知性なしに強化される記憶とを区別することである。
(第二章 著作 Ⅰ『知性改善論』p73 )

情念や知性のあいだで働きながら主観性も構成してくる人間精神の様相を、先行するデカルトの「コギト」との差異の中で浮かび上がらせ、さらにその先にドゥルーズスピノザ読解への案内も付けてくれるような見通しの良い記述が本書の特徴で、原著の優れたところを訳者の配慮による〔〕内の補足文言でさらに補強してもいる。「日本語版のためのあとがき」も、スピノザのテクストで二度だけ言及された「日本」の意味合いについての補足論考というもので、原著よりも多くの情報が得られる日本語版は、読み手にとってはかなりお得な一冊となっている。

https://www.hakusuisha.co.jp/book/b575378.html

【付箋箇所】
63, 66, 70, 73, 103, 111, 113, 116, 121, 129, 138, 156

目次:

第一章 スピノザの生涯
第二章 著作
第三章 主題と問題
第四章 受容
結び
日本語版のためのあとがき「暴露するものとしての日本」
訳者あとがき

ピエール=フランソワ・モロー
1948 - 
バールーフ・デ・スピノザ
1632 - 1677