読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

松岡正剛『情報の歴史を読む 世界情報文化史講義』(NTT出版 1997)と松岡正剛監修『増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで』(NTT出版 1996)

2021年に再増補版として『情報の歴史21―象形文字から仮想現実まで』が編集工学出版社から刊行されているらしいのだが、今回私が覗いてみたのは、ひとつ前の増補版『増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで』。第八ダイアグラムの「情報の文明―情報の多様化、大量化、高速化が築く新たな文明の姿(1990~2029)」が追加される前の1995年までのバージョン。ビッグバンからwwwのグローバルネットワーク社会まで、教科書的歴史編纂の視点からこぼれ落ちている多岐にわたる国内国外東洋西洋の情報を、世界同時性という切り口で見開き二頁の紙面に凝縮して魅力的に拾い上げ整えている。政治と文明・文化の出来事を拾い上げて年表化するのは他の世界史年表と変わりはないのだが、科学、技術、芸術、文芸、芸能、哲学、宗教、思想、生活などの各方面から取り上げられる事象が個々に粒だっていて、各土地各時代の人びとがその時々の激動の中で行動し生活している様子が、成立物の名称の端的な記載の間から匂いたってくる。何か機会があるごとにページを開いて暫らく眺めていると、現代と比べてどの時代も遜色のない先端を競うような湧きたつ時間が流れていたのだなと感じることができる。たとえば、今たまたま開いたページは1835~1839の情報ページ。中から日本とアメリカの目立ったトピックを拾い上げてみると以下のようになる。

[日本]
大塩平八郎の乱(1837)、天理教中山みきのお筆先はじまる(1838)、シーボルト『日本植物誌』(1835)、仙厓「指月布袋図」「〇△□」(1837)、『北越雪譜』鈴木牧之の地方文化史(1835)

[アメリカ]
アメリカに初の経済恐慌おこる(1837~42)、メリー・ライアンがマサチューセッツに女子専門学校設立(1836)、サミュエル・モールスが電信機(優先)を発明:モールス電信機(1835)、「ニューヨーク・ヘラルド」「ニューヨーク・イブニング・ポスト」創刊(1835)
エマソンほか「トランセンデンタル・クラブ」発足(1836)

この見開きページにはほかにシューマンクライスレリアーナ」(1838,独)、トクヴィルアメリカの民主主義」(1835~1840,仏)、レールモントフ「現代の英雄」(1839, 露)、ファラデーが総括的電気論発表(1838,英)などあって、ひとつひとつ自分で少しだけ余分に調べようと興味を持ちだすと、いくらでも時間が過ぎてしまう。
可能であるなら手許に置いて、気が向いた時に眺めるように親しむのが適当な一冊


1997年にNTT出版から出た 松岡正剛『情報の歴史を読む 世界情報文化史講義』は、1990年に出版された最初の『情報の歴史』をベースに1993年9月27日から三日間にわたって千葉大学で行われた特別講義を再編集したもの。講義自体は、当時千葉大学社会学助教授だった大澤真幸の依頼による。まるまる三日間、当時49歳の編集工学研究所所長松岡正剛が学生相手に知の塊を投げ続けるという、楽しそうな荒行を行なっている様子が読み取れて大変刺激になるいっぽうで、読み手側の知識の貧弱さや曖昧さが浮き彫りになってしまうという恐ろしい書物でもある。日本的な文系理系の分け方などにははなからこだわらない知的情報全般をフィールドに駆け巡り成果物を蓄積していったのち、新たな関係性を生み出しつつ情報を再放出する編集の匠、松岡正剛。読み書きのプロであり且つ執筆者に読ませ書かせるプロでもある一流どころの編集者がどういう存在なのかが講義の受講者にもおぼろげながらに伝わってくる。まあ容易に憧れたら怪我をする業種であり立場のひとつであるに違いない。
ビッグバンモデルを唱え始めたガモフと現宇宙生成の歴史、神話と宗教の伝承と融合、語りと書字の発生と歴史、絵画と造形の嗜好の変遷と、気になる論点に関して自説を交えながら知的遺産をさまざまに開いていくというスタイルの本書。進化における人間の身体の変容にあわせ、身体を利用した人間的なコミュニケーションが出現したことを語っている部分が、もっとも充実したところであり、松岡正剛歴史認識の独自性があらわれているところではないかと思った。身体と自然環境、生活環境のあいだにリズムを発見した人類が、そのリズムを線におきかえ、模様と輪郭描写が発達することとなり、さらには抽象的像の凝縮発展から道具と図表と記号があらわれてくる。とくに音声的像の究極としてのことばと図像的像の究極としての文字の発生に関しては、いまだ不明な部分が多いにも関わらず、あるいは不明な点か多ければ多いだけ、分かっていることに関しての解説はたいへん刺激的であった。そして文字とは別様に展開した図像に関して、日本の「やきもの」を通して考察しているところは松岡正剛以外ではなかなか出会わない言説で、本書のひとつの読みどころとなっている。部族間の文化闘争の意味もあったであろうと言われる地域によって異なった縄文式土器の文様の話、金属器ではなくひたすら土器(やきもの)にこだわりを持って器の姿に様々な趣味嗜好を投影していった日本人の感性の特殊な地方性に関する話は、読み知っておく前後で少し世界観が変わる大変な力を持っている。骨董趣味とは別のところから器という日本の文化に入りこむきっかけも与えてくれているので、確認しておいても損はない。

www.eel.co.jp

www.nttpub.co.jp

www.nttpub.co.jp

【付箋箇所】
[情報の歴史を読む 世界情報文化史講義]
23, 35, 38, 47, 65, 71, 86, 134, 141, 163, 196, 202, 211, 214, 232, 299, 330, 334, 353, 365, 372, 378, 381, 385, 390, 391, 417, 422, 424,427

目次:
[増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで]
1 情報の記録―われわれはどのように情報を記録し、伝達しはじめたのか BC6000以前~BC600
2 情報の分岐―経典と写本と図書館が、古代世界のデータベースを準備する BC600~999
3 情報と物語―航海術と印刷術は、情報文化の表現を多様に変えていく 1000~1599
4 技術と情報―産業革命が社会と技術を近づけ、人々の世界観を変質させる 1600~1839
5 情報の拡大―資本と労働が対立し、世界は激しい情報の多様化をおこす 1840~1899
6 戦争と情報―宗教は後退し、資本の矛盾が情報文化に辛い試練を迫る 1900~1939
7 情報の文化―環境危機をかかえたグローバル・コミュニケーションの時代へ 1940~1989

[情報の歴史を読む 世界情報文化史講義]
〔第一日目〕 RNAから聖書へ
  1 歴史を情報の窓から眺める
  2 情報文化史は彼方から始まる
  3 情報をつくりだすシステム
  4 人間の誕生と意味の発生
  5 原始概念技術の威力
  6 宗教と国家の起源
 〔第ニ日目〕 オデュッセイアから複式簿記
  7 古代情報のデータベース化
  8 二つの東西帝国とユダヤキリスト教
  9 東方に流れていた思潮
  10 イスラムが世界を編集する
  11 ヨーロッパの意味
  12 東と西のリズムが同期する
 〔第三日目〕 花伝書からハイパーカード
  13 芸術と魔術の中の情報文化
  14 日本を「やきもの」で通観する
  15 資本主義の中の市場と劇場
  16 メディアとコミュニケーションの歴史(1)
  17 メディアとコミュニケーションの歴史(2)


松岡正剛
1944 -