元は筑摩書房の日本詩人選の第23巻。新古今集時代の歌人として藤原定家と後鳥羽院と式子内親王は別の巻別の作者によって刊行されているため、本書ではその三名と覗く代表的歌人七名、俊成・良経・家隆・俊成卿女・宮内卿・寂蓮・慈円について論じている。最多入集の西行が含まれていないのは日本詩人選に計画されていたにもかかわらずおそらく未刊におわってしまったためではないかと想定される。本書で題を設けて論じられなかった歌人については『定家百首』、『西行百首』、後鳥羽院を描いた小説『菊帝悲歌』などがある。また、定家、後鳥羽院、西行、式子内親王については、関連性がでてくるごとに言及されていることもあるので、塚本邦雄の新古今時代の歌人観の傾向は本書一冊でかなり分かるようになっている。撰者や判者となり歌論を書くような人物の批評的な言辞については、塚本自身の見解と突き合わせて対抗的になるがために極めて辛口の評価がなされるが、各歌人の資質が色濃く表れた歌の数々については、陶然としながら褒め上げるという傾向にある。自作を含めた俊成の判定や「幽玄」という美的理念の用法については極めて厳しく、良経の冴えに冴えそして冷えに冷えた天性の詩人としての感覚については畏れをもちながら崇めているという対立の軸がある。家隆、俊成卿女、宮内卿、寂蓮、慈円については目立った歌論というものはなく歌が中心として論じられているため、おおむね好意的に論じられている。
各歌人ごとにかなり多くの引用を用いて、最も本質的な歌の文体、新古今時代の象徴的な表現技法とそこに込められた心に迫ろうとしているため、改めて個々の歌人を意識しながら詞華集や家集を読むときにはかなり参考になるだろう。塚本邦雄が自身の芸術観を込めて濃密な言葉の礫を放っているので、しっかり見て取っていかないと、怪我をしたり自分の感覚を失ってっしまう可能性もあるのだけれども・・・
個の歎きを普遍の高みに昇華させ、孤の憂ひを絶対の深みに潜めることは神聖詐術であり、・・・
( Ⅱ 藤原良経「夢は結ばず」 実際は正字正仮名表記)
毒にも薬にもなる「神聖詐術」への接近法は自ら体得していくほかないことが示されている一冊。
【付箋箇所】
9, 13, 27, 42, 44, 4656, 72, 79, 80, 82, 83, 89, 91, 96, 104, 106, 110, 116, 123, 125, 133, 135, 136, 141, 142, 144, 147, 148, 156, 159, 161, 172, 177, 181, 193, 194, 198, 200, 202, 204, 209, 210, 218, 220
目次:
1 藤原俊成
幽玄考現學・あはれ幽玄
深草の鶉
架空九番歌合
面影の花
亂番戀歌合
花の狩・詞の狩
幽玄有限
夜の鶴・笹の鶴
2 藤原良経
心底の秋
秋風逐電
夢は結ばず
3 新古今時代の惑星
藤原家隆
俊成卿女・宮内卿
寂蓮・慈円
塚本邦雄
1920 - 2005
藤原俊成
1114 - 1204
藤原良経
1169 - 1206
慈円
1155 - 1225