読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

菱川善夫『塚本邦雄の宇宙』Ⅰ・Ⅱ(短歌研究社 2018)

戦後の前衛短歌運動を二十一世紀にいたるまで駆け抜けた塚本邦雄を、短歌批評家としての立場から擁護し共に戦った菱川善夫による批評作品。

塚本邦雄が亡くなった2005年6月9日から二ヵ月余り、同年8月25日に刊行された追悼特集『現代詩手帖特集版 塚本邦雄の宇宙―詩魂玲瓏』に菱川善夫が選んだ代表歌500首をもとに、朝日カルチャーセンター札幌で、2006年4月から著者の亡くなる二週間前の2007年11月28日まで、33回にわたって講義された秀歌鑑賞。500首に届かず423首の鑑賞で終わってしまったことは残念だが、死の間際まで自分が愛した作家の作品とともに批評活動を貫徹した姿は清々しく、読後嫉妬さえ起こってきた。

歌を憎むほど愛したがゆえに自己にも他者にも極めて厳しく、おそらく鑑賞者にも読みの深さを求めて公然と選別していた塚本邦雄の歌は、新奇さをよろこんで軽々しく近づく者に対しても開かれているようでいて、嵐のように過ぎ去ってしまうことが多い。特に選集のように間の詰まったレイアウトでつぎつぎに文字をなぞっていくことができるようになっている場合には、あまりの密度と変化の多様さのために、どこかパロディめいた感触を抱きながら読み過ごしてしまうケースが多々ある。イメージ喚起の正しさを維持しようと正字正仮名を使用していることも、新字新仮名しか知らない世代にとっては、狂言綺語のイメージを高めるほうにはたらいてしまっている。

伝統の重みとともに最先端を切り拓いて走っていたものが、多くの読者による未消化と追随者の力量不足のため、本人や同行者がいなくなった途端に(雰囲気的に)古びてしまうこともあるかもしれないし、再考するための時間が必要とされるために一時下火になっている可能性もあるかもしれない。

本書は、入れ替わりの激しい短歌界の同時代を生き抜いた戦後派の人物による、時間的にも解釈的にも厚みのある塚本邦雄歌人像を伝えている。

塚本邦雄が憎んだものは、幾人もの命を奪った戦争と、その戦争の姿を忘れて飼いならされたようなまやかしの平安の日々に満足させられている人々の姿だった。時代の主流に一貫して批判の目を向けながら歌作を続けた塚本邦雄の作品に、歌が成立した当時の世相を絡めながら観賞するスタイルが本書の特徴となっている。戦後の市民の動きとそれに対する占領軍主導の抑圧と統制の様子などが歌とともに語られると、歴史的時代的な重みと精神的な闘争の生々しさが、断然新鮮味を増してくる。

前衛短歌に関わる歴史的時代的な出来事で、塚本邦雄の歌風の変遷とともに本書で重要視されているのは、三島由紀夫の自決と盟友岡井隆の失踪。塚本邦雄の歌集では第七歌集『星餐圖』(1971)から第十一歌集『閑雅空間』(1977)までの1970年代歌人50代壮年期の作品についての鑑賞の部分。

古典炎え盡きたり神無月夕ひばりきららなしつつわれ墜ちゆかむ 『星餐圖』
散文の文字や目に零る黒霞いつの日雨の近江に果てむ 『されど遊星』
花鋪の山櫻かたぶき遊星にのこすわが歌よみびとしらず 『閑雅空間』

独自の歌風を開拓し数多の作品を残しながらも、自分の歌は詠み人しらずの歌として誰でもないものの絶唱として数首残ればよいという心は、塚本邦雄の歌作における本心であるような印象を持つ。この辺りが自己主張をわざとらしいまでに最後まで押しとおした三島への解答にもなっているのではないかと思っている。
岡井隆との関係性はまだ自分なりに納得できる落としどころが見えていないので本書の助けも借りて別途検討したい。

tankakenkyu.shop-pro.jp

tankakenkyu.shop-pro.jp

【付箋箇所】

11, 12, 20, 25, 26, 32, 36, 39, 75, 79, 91, 99, 158, 168, 280, 290

22, 28, 31, 48, 62, 64, 73, 74, 75, 81, 83, 85, 103, 123, 153, 166, 181, 215, 240, 246, 254, 315

菱川善夫
1929 - 2007
塚本邦雄
1920 - 2005