読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波現代文庫 2020, 岩波書店 2016)

欲望全開の人が数多く出てくる評伝。はじめのパートナーはダダイスト辻潤、二番目のパートナーはアナキスト大杉栄、いずれも反体制派の強烈な個性の持ち主だが、本書を読むと伊藤野枝は二人を上回る個性的な言動を生み出した人物であることがわかる。伊藤野枝がいたからこそ辻潤大杉栄も活動がより過激になったのではないかと思うほどだ。
主な文筆活動は平塚らいてうの後を受け継いだ『青鞜』で、婦人解放運動を展開、その後大杉栄と交流し無政府主義に傾倒する。束縛をきらい自由を求めて突き進む野枝の行動は、時に周囲の迷惑を顧みない厚顔無恥といえるほどのものもあって、近親者には顰蹙を買うこともあったが、純真といえばこの上なく純真直情の人であった。

アナキスト研究家で大杉栄の研究をしているうちに伊藤野枝のとりことなって評伝まで書くことになったというのも分らないではない。すがすがしいまでに自己を貫き通した人だ。おもしろおかしく野枝の生涯を描き出していることは目次の章題を見ているだけでも伝わってきて、興味津々で読みすすめられることは間違いないが、ふと我に返ってみたときには、私自身はどちらかというと伊藤野枝のような人物が近くいたら抑圧する側に回りかねないという気づきも起こって、読後にすこし微妙な後味が残る。

作者の岩波現代文庫版あとがきにはこうある。

いいたかったのはこういうことだ。国家というのは、いつも人間を生産性ではかりにかける。税金をはらえるか、子どもを産めるのか。それができないと、すぐに危機感をあおる。そんなことをいっていたら、みんなが破滅しますよと。だけど、野枝の想像力はいともかんたんにそれをとびこえていく。だって、はじめから破滅したあとの世界を生きているのだから。

破滅したあとの世界で生きているという考えや感覚を色濃く持っていなければ、基本的に言動は保守的になる。コントロールされるのは嫌だが、混乱も破壊も望まない。茹でガエルになる前にやけどしそうになったら飛び出る能力くらいあるはずだとは思ってはいるのだが、さて本当のところはどうなることか、想像はつかない。

www.iwanami.co.jp

www.iwanami.co.jp

【付箋箇所(岩波現代文庫版)】
8, 14, 18, 58, 120, 130, 158, 162, 178, 186, 187, 190, 192, 195, 206, 229, 240, 244

目次:
はじめに
 あの淫乱女! 淫乱女!
 野枝のたたりじゃあ!
 もはやジェンダーはない、あるのはセックスそれだけだ

第一章 貧乏に徹し、わがままに生きろ
 お父さんは、はたらきません
 わたしは読書が好きだ
 わたしはけっしてあたまをさげない
 きょうから、わたし東京のひとになる

第二章 夜逃げの哲学
 西洋乞食、あらわれる
 わたし、海賊になる
 ど根性でセックスだ
 だれかたすけてください、たすけてください
 恋愛は不純じゃない、結婚のほうが不純なんだ
 究極の夜逃げ

第三章 ひとのセックスを笑うな
 青鞜社の庭にウンコをばら撒く
 レッド・エマ
 野枝の料理はまずくて汚い?
 もっと本気で、もっと死ぬ気で、ハチャメチャなことをかいて、かいてかきまくれ
 (一)貞操論争
 (二)堕胎論争
 (三)廃娼論争
 大杉栄、野枝にホレる
 急転直下、自分で自分の心がわからぬ!
 約束なんてまもれない、結婚も自由恋愛もしったことか
 カネがなければもらえばいい、あきらめるな!
 オバケのはなし――葉山日蔭茶屋事件
 吹けよあれよ、風よあらしよ
 絶交だ、絶交である。

第四章 ひとつになっても、ひとつになれないよ
 マツタケをください
 すごい、すごい、オレすごい
 亀戸の新生活――ようこそ、わが家へ
 イヤなものはイヤなのだ
 あなたは一国の為政者でも私よりは弱い
 主婦たちがマジで生を拡充している
 魔子は、ママのことなんてわすれてしまいました
 結婚制度とは、奴隷制のことである
 ひとつになっても、ひとつになれないよ
 友情とは、中心のない機械である――そろそろ、人間をやめてミシンになるときがきたようだ
 家庭を、人間をストライキしてやるんだ――この腐った社会に、怒りの火の玉をなげつけろ!

第五章 無政府は事実だ
 野枝、大暴れ
 どうせ希望がないならば、なんでも好き勝手にやってやる
 絞首台にのぼらされても、かまうものか!
 失業労働者よ、団結せよ
 無政府は事実だ――非国民、上等! 失業、よし!
 村に火をつけ、白痴になれ
 わたしも日本を去り、大杉を追っていきます
 国家の犬どもに殺される
 友だちは非国民――国家の害毒は、もうバラまかれている


 注
 参考文献
 写真出典
 伊藤野枝略年譜

あとがき
 いざとなったら、太陽を喰らえ
 はじめに行為ありき、やっちまいな

岩波現代文庫版あとがき

解説『村に火をつけ、白痴になれ』を語るとき、人は羨望し、祝福する ブレイディみかこ


栗原康
1979 - 
伊藤野枝
1895 - 1923
辻潤
1884 - 1944
大杉栄
1885 - 1923