読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

吉岡実句集『奴草』(書肆山田 2003)

戦後詩を代表する詩人吉岡実が残したほぼすべての句作を集めたもの。詩の作風はシュルレアリスム的なモダニズム詩であり、言語自体の喚起力と虚構をベースにした幻想的世界が展開されるため、時代感覚は薄いほうといっていいと思うが、主に戦時下の若き日に集中して励んだ句作には時代を感じさせるものが多く、吉岡実が戦争を体験をした世代の人物でもあるということが作品からも見えてくる。

歯磨粉すこしこぼしぬ鳳仙花

序文と解題を書いているふたりの俳句実作者がともに秀歌として挙げている「歯磨粉」の句も、ペーストではない昔ながらの粉歯磨き粉であることがわかっていないと情景が正しくは浮かんでこない。ただ、この辺りのことは、解説文を読み作品を何度か繰り返し読むと自ずと正しい方向に修正されて来るので、日を変えて馴染ませるように読むと良い。
句ごとの解題は俳人の宗田安正に詳しく、一方、序文の高橋睦郎は自身も現代詩の制作を中心としている作家であるために、吉岡実の詩への導入も果たしている、句作鑑賞からはじまる詩人論になっている。吉岡実が生涯を通して詩だけではなく俳句も短歌も熱心に読んでいたことを取り上げ、俳人では永田耕衣高柳重信歌人では塚本邦雄岡井隆、先行詩人では北園克衛西脇順三郎をよく読んでいたという指摘をしている。前衛的な作風の背景を知ることができる情報で、貴重である。

湯殿より人死にながら山を見る
喪神川畜生舟を沈めける
あけびの実たずさえゆくやわがむくろ

拾遺句篇として『奴草』に収められているところの上記引用三句は、詩集『サフラン摘み』の「あまがつ頌 北方舞踏派《塩首》の印象詩篇」に含まれる七句のうち三句で、この後詩行は章を変えて次のようにつづく

箸二本を持ち めし碗のふちを鳴し
雪の野原をさまよいゆく
白子の五人の姿が見えるか

現実と非現実を往還する通路としての言葉の連なりが、日常を非日常に変容させるようはたらいているのが見てとれる。そしてこのような稀な言葉を創り出す吉岡実の詩的実践の開始点として俳句の実践があったことを本書は教えてくれている。

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序 :高橋睦郎
解題:宗田安正

吉岡実
1919 - 1990