読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

アリエル・シュアミ&アリア・ダヴァル『スピノザと動物たち』(原著 2008, 大津真作訳 法政大学出版局 2017)

スピノザの主要テクストや書簡から動物や虫やキマイラなどに関する言及を切り出して、多くのイラストとともに編集構成しながら、スピノザ思想の核心的部分を軽快にめぐっているユニークな著作。スピノザ思想の入門書の体裁をとっているが別世界案内のムック本のような感触もある。日本語版も横書きなところがより一層好奇心を引き立たせるつくりとなっている。テクスト担当のアリエル・シュアミは、フランスの本格的なスピノザ研究者で、著作横断的にスピノザの個性を引き立たせているところがすばらしく、内容的にも学術書に引けを取っていない濃密さがある。

どうして人間同士言い争うのだろうか? それは、誤謬がなにか大変なことだと思っているからである。

これは、第13話「隣人の雌鶏」の冒頭部分。この話では、表現と思考の齟齬と誤謬について、『エチカ』『神学政治論』『国家論』を参照しながら、スピノザ思想を敷衍するかたちで、スピノザ本人よりもくだけた文体で、考察されている。

およそ思想というものは、それがいかにぎこちなく、いかに途切れ途切れでも、積極的なものを含んでいれば、その全部がつねに真理から想を受けた真理の下書き以外のなにものでもない。そして虚偽はその刃こぼれでしかないので、真理だけが実在するのである。

これは、不完全と見え虚偽と見えるものであっても存在するのものはすべからく必然性を持って存在していることへの全肯定を根底に置いたものの見方であり、その見方をより柔軟に運用するのに適った表現である。学問領域のきっちりとした研究論文も大切だが、本書のように単純にエンターテインメントの領域における読みものとしての完成度が高い作品も必要だし、もっと開拓されて評価されていってよい。読み手としては、嗅覚を高めることで、変った味わいをもつ作品の受け入れ態勢を拡げることにすこしでも参加できるよう貢献したいと思わせてくれる一冊であった。それほど流通してはいないであろう作品ではあると思うのだが、見かけたら手に取ってみるべき見事な一冊。

 

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【付箋箇所】
40, 57, 59, 60, 74, 83, 86, 90, 94, 100, 103, 114, 125, 129, 139, 140, 169, 171, 173

目次:
第 1話 蜘蛛
第 2話 二匹の犬
第 3話 人間、ロバ、象
第 4話 血のなかにいる虫
第 5話 海の魚
第 6話 天使とネズミ
第 7話 翼のある馬の観念
第 8話 キマイラ
第 9話 驚き
第10話 痕跡
第11話 前兆
第12話 奇蹟
第13話 隣人の雌鶏
第14話 作者の考え
第15話 神の法
第16話 石の落下
第17話 ビュリダンのロバ
第18話 陶工の神
第19話 馬のリビドー
第20話 蜜蜂と鳩
第21話 獅子
第22話 蛇
第23話 憂鬱な気分の人
第24話 家畜
第25話 記憶喪失に陥った詩人
第26話 二匹の犬
第27話 子供
第28話 社会的動物
第29話 セイレンたち
第30話 イソップのヤギ