清水書院の「人と思想」シリーズは伝記と思想案内を同時に行っている質が良く効率も良い入門書であるが、本書『エピクロスとストア』は入門書の域を超えるくらいの本格的な思想案内書となっている。
エピクロス派もストア派もともに世界は物質から構成されていると説く唯物論的思想で、人間の精神の在り方さえ物質の運動として捉えているところが丁寧に解説されている。
自然学としてあらわれるエピクロス派の原子論とストア派の連続論から、倫理面におけるエピクロス派の身体の無苦と精神の平静とストア派の脱感情に展開していく様子も、それぞれの学派の残されたテクストに忠実に、きっちりと紹介されている。説明の際に用いられるエピクロスとストアの概念も、日本語訳の漢字熟語にギリシア語のカタカナルビがふられていて、より深く探求していく際にもかなり役立つであろう案内役になっている。
エピクロスについてはエピクロス自身を中心にルクレティウスとディオゲネス・ラエルティオスのテクストで考察を深め、ストア派は創始者ゼノンとクリュシッポスの前期哲学に焦点をあててエピクロスの学説と対比するようなかたちで知識論・自然学・倫理学と論じていっている。
ともに身体ばかりでなく霊魂(精神)も物体であるというところにそれぞれの思想の核心があり、その内容を知ることは現在の知見から見たときの真偽とは別に今なお衝撃的なことである。
霊魂は精緻な原子でできており、死に際しては霊魂原子を収める鞘(身体)がその原子を納めておけなくなり、霊魂原子は拡散する。拡散とともに感情(快・苦)も消滅する。
(Ⅲエピクロスの思想「倫理学」より)
ストアは、宇宙を生ける有機体だと信じていた。だから、身体のすべての部分に浸透して身体を生かせている物体としてのプネウマの思想を類推によって宇宙に適用し、宇宙的プネウマの思想を展開した。
(Ⅳストアの思想「自然学」より)
物体の運動と配置によって万物を説き明かそうとした一貫したエピクロスとストアの唯物思想は今なお人を魅了する力があるし、参考にすべき思考のかたちがある。
岩波文庫にも収録されているセネカやエピクテトスやマルクス・アウレリウスなどの後期ストア派の倫理的色合いの濃いテクストではなく、ストア派の根底にある前期の自然学を多く取り上げているところが本書のいちばんの特色であろう。
【付箋箇所】
4, 21, 23, 24, 27, 29, 34, 35, 40, 48, 54, 58, 61, 62, 63, 68, 69, 74, 75, 78, 81, 97, 102, 109, 111, 114, 115, 116, 119, 147, 149, 150, 160, 164, 189, 200, 201, 203, 204, 207, 209, 219
目次:
はしがき
序 アテナイの諸学派
Ⅰ エピクロスの生涯と著作
エピクロスの生涯
エピクロスの著作
Ⅱ エピクロスの思想
規準論(知識論)
自然学
倫理学
Ⅲ ゼノンの生涯とストアの著作
ゼノンの生涯
ストアの著作
Ⅳ ストアの思想
知識論
自然学
倫理学
あとがき
堀田彰
1918 - 1993