読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ロジェ・カイヨワ『アルペイオスの流れ 旅路の果てに <改訳>』(原著 1978, 法政大学出版局 2018)

ロジェ・カイヨワが亡くなった年に刊行された、自伝的エッセイ。死を予感しながら、生い立ちから最晩年までを振り返る作品は、静かな諦念とともにとても慎み深い仕草で自身の仕事を評価再確認している。文体にあらわれる表情には、落ちつきのある弱さが浸透しているようで、優れた業績を残しているにもかかわらず、一人の人間としての飾りのない姿を見せてくれているところが、とても愛おしい。本書を読んで、カイヨワの印象は学問の人から作家のほうへ大きく変わった。もちろん、知的なことを多く伝えてくれる作品であることは『遊びと人間』などの著作からも自明なところではあるのだが、作品に書かれている内容とともに、カイヨワの人生が滲み出しているようなところを本書を読むことで知りたくなった。

この著作で、私は括弧という言葉をほぼ私の全人生を、つまり文字が読めるようになった瞬間に始まり、私の勉強、読書、研究、関心、そして私の書いた本の大部分を含む人生を、逆説的に指すものとして用いている。ある日、私は自分がこの人生からほぼ完全に切り離されていることに気づいた。
(「プレリュード」冒頭部 太字は実際は傍点)

書物の人であることから、自然にもたらされる体験からも常に一枚の膜を通して吟味するように訓練されていったというところはあるかもしれない。括弧に括られた生というのは、より繊細な体験を導くための距離感や方法のようなものであって、「この人生からほぼ完全に切り離されている」というのも、本書を読みすすめるにつれて、つねに二重の世界認識、二段構えの解釈を自身に課していることに対するひとつの表現のように思えてきた。詩的な想像力の働きと散文的な合理的精神との高次元での共存。無意識世界の奇妙さや不合理性の表現を追求したシュルレアリスムとはまた違った、ロジェ・カイヨワならではの落ちつきある奇妙な味わいが生まれる背景が、本人によって緩やかに語られている興味深い一冊。

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【付箋箇所】
3, 45, 55, 57, 63, 64, 73, 75, 77, 98, 103, 122, 156, 160, 162, 165, 175, 191, 197, 200, 222

書物の人

目次:

プレリュード

第Ⅰ部
一 昨日はまだ自然──最初の知
二 少年時代の豊かな刻印
三 海──人の耕さぬところ
  イ 書物の世界
  ロ 括弧と裂け目
  ハ 解毒の書   
四 物の援け
五 イメージと詩
六 植物の条件
七 石についての要約
第Ⅱ部
一 宇宙──碁盤と茨の茂み
二 水泡
三 挿話的な種
四 魂の凪

訳注
訳者あとがき
改訳版訳者あとがき


ロジェ・カイヨワ
1913 -1978
金井裕
1934 -