ロジェ・カイヨワがカントが美に与えた定義である「目的なき合目的性」の典型的例として称賛したサン=ジョン・ペルスの詩の翻訳選集。
ありとしあらゆるものの名を呼びながら それが偉大であると唱えた、生きとし生けるものの名を呼びながら それが善美であると唱えた。
おお紅い葉の間で 私のいちばん美しい青い昆虫を
全部むさぼり食ってしまう 私のいちばん大きな
食虫花!
(「幼き日を祝いて」Ⅱより)
時間的にも空間的にも有限なるもののゆるぎない確固たる卑小さ、弱く貧しく惨めでもあるものそのままのうちにこそある存在の栄えを、「名を呼び」「偉大であると唱える」ことで永遠に結びつけ黄金化している。
カリブ海に位置するフランス海外県のグアドループに生まれ、プランテーションを所有するような家で幼年期を過ごしたこともあって、貴族的な感受性が基本にあるために、20世紀のフランス語詩人としてはかなり特異で鷹揚な印象があるが、そうであるからこそのゆったりとしてふくよかな味わいが出ている。
10代後半でロビンソン・クルーソーを訳した詩人が、その登場人物や生活の道具などを主題として歌った詩である「影像をロビンソン・クルーソー」の各詩篇は、先行テクストを変奏することで、自分の人生、自分の言葉として生き直している優れた例を与えてくれていて、おおいに感心した。
本書には、1960年ノーベル文学賞受賞した詩人の前期から中期にかけての詩が収められている。
目次:
『讃』
門口に記す
幼き日を祝いて
Ⅰ~Ⅵ
讃
Ⅰ~ⅩⅧ
影像をロビンソン・クルーソー
鐘
壁
街
フライデイ
おうむ
山羊皮の傘
弓
種
書物
『王たちの栄光』
女王讃歌
Ⅰ~Ⅴ
君主との交友
Ⅰ~Ⅳ
摂政の物語
王位継承者の歌
子守唄
『遠征』
歌
Ⅰ~Ⅹ
歌
サン=ジョン・ペルス
1887-1975
多田智満子
1930 - 2003