読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

山田晶『アウグスティヌス講話』(新地書房 1986, 講談社学術文庫 1995)

京都北白川教会で1973年に行われた講話6篇をベースに編纂されたアウグスティヌスキリスト教一般信徒向けの研究。第1話は中央公論社「世界の名著」シリーズのアウグスティヌスの解説「教父アウグスティヌスと『告白』」(1968)でも強調されているアウグスティヌスを支えた内縁の妻の名誉回復とアウグスティヌス自身の放蕩からの回心というイメージを現実的レベルに和らげることを主題とする、山田晶アウグスティヌス像を解き明かしたもの。こちらは山田晶訳の『告白』を読み通せば、素直に腑に落ちる内容なので特段驚きはない。

アウグスティヌスが淫していたものは肉体の快楽よりも、むしろ知的領域にあると私は思っている。現在では散逸してしまっているキケロの『ホルテンシウス』を19歳の時に読み哲学の世界に引き込まれ、後に善悪二元論で世界を説くマニ教に心酔し熱心に勧誘活動なども行っていたが、10年の間に湧き上がってきた世界の在り方についての疑問にマニ教の主教でさえ答えを与えてくれなかったことに対して幻滅し、新プラトン主義とミラノのキリスト教司教アンブロシウスに傾倒していく。さらに、プロティノスによりマニ教善悪二元論を克服するとともに、『聖書』を字句どおりに読むのではなく象徴的に読むことを説いたアンブロシウスによって『聖書』の世界に深くコミットするようになる。その後、家庭と職業(国立学校修辞学教師の立場)をめぐって人生の危機が訪れるとともに、回心を決定づける出来事、決定的なテクスト体験に出会い、キリスト者となり、司祭から司教への道をたどることになる。キリスト教に帰依して後は、自らの学問経験から信ずるところの神学的議論を展開し、異教、異端に対して論駁の姿勢を強め、膨大な著作を刊行していくことになる。アウグスティヌスの異教を排し異端を否定していく道のりから西方教会の教義を確立していく様は、対立するものから見れば、まさに独自の思想に淫しているとしか見えないものであったろうと思われる。

知的活動の業と猛威のようなものをストレートに感じさせる人物としてアウグスティヌスは私にとっては極めて大きい。しかも時を得た変容の体験を、基本的に冷静に、批判的視線のもとに自ら記しているところも真実らしく、たいへん参考になる。キリスト者となってから死にいたるまでの活動のなかにも変容の時はいくつかあったにちがいなく、それをテクストを読むことを通して知っていくことに、この先の期待感を涵養してくれている。いちばんの関心は、知の優位と信仰や恩寵の優位のせめぎあいの中で、後者が優位であるということをアウグスティヌスがいかに表現しているかということ。アウグスティヌスという人物の中での知的ドラマの展開は、キリスト教信者でなくても興味をひくものである。

本書においてはアウグスティヌスの『三位一体論』をベースに、かなり専門的な領域に踏み込んだ第三話「ペルソナとペルソナ性」がアウグスティヌス理解のより詳細な領域への導線として用意されている。フィリオクエ問題の当事者としてのアウグスティヌス東方教会からは批判的に見られるアウグスティヌス。父と子と聖霊を、根源と言葉と愛の関係から解き明かし広めようとしたアウグスティヌスと、批判的立場の人々の意見。本書ではその対立構造の概要までしか論じられていないが、アウグスティヌスの著作に分け入っていこうとする人に対しては、先行者の力強い案内となっている。

もう一つ、本書で特徴的なのは、アウグスティヌス道元と似ているという第四話「創造と悪」の話。第二話「煉獄と地獄」においても、天国と地獄と煉獄の三界構成の成立事情と、仏教での浄土と六道の世界との構成と世界観を比較して、希望とコミュニティに関する思想の並行性を喚起していたのに続いて、第四話は神の国と地の国、浄土と穢土が同一領域に同時存在していることを取り上げてキリスト教と仏教の世界解釈を並列して論じている。救いが成就した世界と救われない世界の同時存在。それはキリスト教にも仏教にも共通しているというのだが、それならなぜ道元に熱中した後にアウグスティヌス研究者の人生を選び且つキリスト者としての信仰生活を持ったのかということは書かれていない。『告白』でのアウグスティヌスの回心の必然性に感動した一読者としては、山田晶版の『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』を期待しているのだが、どこかに書き残されているのだろうか。私は、神も仏もないところで世界の姿を見極めたいと思っている人間の一人ではあるが、信仰ある人たちの思考と生活と表現のかたちに、とても興味を持っている。

 

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【付箋箇所】
4, 16, 75, 128, 135, 137, 141, 156, 164, 179, 201, 208, 221, 229, 232, 252, 268

目次:
第1話 アウグスティヌスと女性
第2話 煉獄と地獄
第3話 ペルソナとペルソナ性
第4話 創造と悪
第5話 終末と希望
第6話 神の憩い

アウグスティヌス
354 - 430 
山田晶
1922 - 2008