読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

三好達治『諷詠十二月』(新潮社 1942, 改訂版新潮文庫 1952, 講談社学術文庫 2016)

戦時下の昭和17年9月に刊行された「国民的詩人」三好達治の詩論集。本書では、戦時色が色濃く出ている試論であり、詩人自らの手によって削除入れ替えされる前の七月・八月を補遺として収録して、時代と三好達治自身の移り変わりも見わたせるように配慮されている。

三好達治は仏文科出身でボードレールの『巴里の憂鬱』の翻訳から出発した詩人で、自身の口語自由詩系の作品においては、詩作の師と仰ぐ萩原朔太郎の詩とともにフランスの近代詩から大きな影響を受けている。また別の側面として、吉川幸次郎とともに岩波新書で『新唐詩選』を刊行し、漢詩の世界を次世代にも拓き、自身の文語系の作品においては漢詩の読み下し文的体裁に新しい詩想を盛って他に類を見ない高度な達成を果たしている。

『諷詠十二月』は古代歌謡から明治の正岡子規、大正の萩原朔太郎高浜虚子、昭和の飯田蛇笏・石田波郷までの日本の詩歌の世界を紹介解説している詩論集で、そのなかでは漢詩の占める割合が非常に大きい、かなり特異な構成になっている。ただし、詩歌の鑑賞というものが「実は人間の心の歴史を読むことに外ならない」という主張からは、平安期から江戸期まで知識人階層には圧倒的に優勢な詩型であった漢詩を除いてしまうなら、日本人の「心の歴史」をたどるに際しては重大な欠落が発生するという三好達治の思いが読み取れるので、紹介される漢詩の多さにも違和感はない。時代的には和歌も能くする菅原道真漢詩の姿を取り上げるところからはじめ、唐宋詩が日本の詩歌に与えた影響と江戸期に最高の隆盛を迎えた日本漢詩の各時代の成果を広く取り上げ紹介していて、日本伝統の詩歌は海外から輸入された詩歌と共存することで繁栄し、心の向かう先も多様かつ深甚なものになっていることに、読者の目を向けさせるようになっている。漢詩を扱う部分の文体は一見硬いように見えるのだが、詩の持つリアリティに敏感に反応し読み解いていく手際は鮮やかで爽快感があるため、堅苦しさはなく感覚的古さも感じさせないところに魅力がある。

感懐、節序、名勝、別離、懐古、詠史等々漢詩には詩趣詩材の頗る豊富な別天地があって、わが国伝統の叙情詩歌――短歌長歌連歌俳諧等の外に立ちつつ、漢文儒学輸入以来の教養階級に好箇の詩的世界を提供し、以て直接間接我文学の詞藻を富ましめ情操を豊ならしめ、これに変化と抑揚と心性の強度と思想の奥ゆきとを与えた功績恩恵は、殆んど深甚にして量り知りがたいものがあろう。
(「十月」より)

漢詩が多く紹介されている月の文章は、やはり漢語が多く、文語的になりはするが、三好達治のなかのコスモポリタン的な感覚が滲んだ新しい昭和の時代の文章になっているような印象がある。

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【付箋箇所】
10, 22, 52, 114, 120, 126, 141, 162, 172, 176, 177, 196, 208, 209, 238, 274, 275 

目次:
小 序 ……  3
一 月 ……  9
二 月 …… 39
三 月 …… 69
四 月 …… 91
五 月 ……113
六 月 ……135
七 月 ……149
八 月 ……159
九 月 ……169
十 月 ……193
十一月 ……213
十二月 ……229
あとがき……247
補 遺 ……249
七 月 ……250
八 月 ……260

三好達治
1900 - 1964

参考:

uho360.hatenablog.com