越前三国の地で三好達治の門下生であった詩人畠中哲夫による評論。三好達治自身の作品や生前実際にかわされたことばはもちろんのこと、同時代周辺の文学者たちの表現を多くとりこんで、詩人三好達治の存在がいかなるものであったかを、重層的に表現している。引用されている人物としては、伊藤信吉、河盛好蔵、丸山薫、小林秀雄、北川冬彦、河上徹太郎、中野重治、吉川幸次郎、宇野千代、中村光夫、亀井勝一郎、大岡信、谷川俊太郎、石川淳、加藤周一、桑原武夫、篠田一士といったところが挙げられる。ボードレールやフランシス・ジャム、ファーブルなどフランス語の翻訳で生活を支えていたこともあって、仏文系の文学者との関係が強い。それにしてもすごい面々だ。
エピソードとしては、大学時代の下宿先でヴェルレーヌの『叡智』を原典フランス語で読んで泣いていたということ、またルナールの『博物誌』に強い影響を受けて短い詩をいくつもつくりあげていたということなどが印象に残った。人物評としては、義に厚く厳しさと優しさをあわせもちその上に内面に狂気を孕んでいたというのが大方の印象で、そのなかではつぎにあげる宇野千代の三好達治評が人物と作品双方をもっとも鋭くとらえているような気がした。
「いつでも正気で端然としていて、節度を守っているようであったが、三好さんの内面はそれと反対で狂気で、節度を外し惑溺するに任せていたのではないだろうか。」「度を越すこと。控え目にすること。その両面が三好さんの高揚した詩になる」
定住し家庭生活を守ることが出来ず、旅をすみかとするほかなかった三好達治の人生は、その詩型にも影を落としていて、口語自由詩、文語調の作品、短歌俳句といった伝統的定型詩のあいだを時代時代で遍歴していっている。ただそれは、容易な移行ではなく、そのたびごと、ひとつひとつの作品が頂点となるような、決意のようなものが込められていて、晩年まで立ち止まることがない。それは魅力的であるとともに迫力があって、何度でも読み返すことが可能な運動の軌跡であった。本書『三好達治』は、身近にいた人物畠中哲夫が、そのことを愛をもって明かしてくれた見通しの良い著作。
【付箋箇所】
26, 31, 37, 44, 65, 70, 115, 119, 133, 163, 172, 178, 218, 228, 244, 248, 255, 262, 263