読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

萩原朔太郎『青猫』(1923)

2023年は『青猫』刊行百周年。ほかには高橋新吉ダダイスト新吉の詩」百周年であったり、伊藤野枝大杉栄没後100年だったりするが、中学生での初読以来『青猫』のイメージは強烈で、なじみ深いものともなっている。今でも機会があれば読み返したりしているのだ。
「ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ」とさまよい飛ぶ蠅の幽霊、「てふ てふ てふ てふ」と群がりとぶ蝶、「とをてくう、とをるもう、とをるもう」とよびあげる田舎の鶏の声、「のをあある とをあある やわあ」とかなしく青ざめて吠えている闇夜の飢えた犬。独特なオノマトペで表現された、くたびれて汚れた哀れな生き物たちは、百年ずっと悲しい調べを奏でつづけている。いまもなお生きつづけている。
憂鬱な感覚が支配する『青猫』ではあるが、後年の『純情小曲集』の「郷土望景詩」から『氷島』に下るにしたがって情緒的な厚みを奪ってしまう絶望と憤激はまだ見られず、暗く悩ましいなかで艶めかしさにも揺れる生の感情を否定することなく表現している。作品の長さも揺れている生命を容れるために比較的長く、ゆるやかな緊張感のなかでの情動がうたわれている。まだ世界に対しての憧れと不安が共存していた時代の、哀しくも美しい詩が集められた朔太郎数え38歳の時の第二詩集である。

ああ なににあこがれもとめて
あなたはいづこへ行かうとするか
いづこへ いづこへ 行かうとするか
あなたの感傷は夢魔に饐えて
白菊の花のくさつたやうに
ほのかに神祕なにほひをたたふ。
(「夢」より)


萩原朔太郎
1886 - 1942