読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

佐藤直樹監修『ヴィルヘルム・ハマスホイ 沈黙の絵画』(平凡社コロナ・ブックス 2020)とリルケの『マルテの手記』

実現するにはいたらなかったがリルケロダンに次いで作家論を書こうとしていたのが本書で紹介されているデンマークコペンハーゲンが生んだ特異な象徴主義の画家ヴィルヘルム・ハマスホイ。「北欧のフェルメール」とも言われるハマスホイであるが、フェルメールの静謐さのなかにもあふれる華やかさはなく、沈鬱さに境を接した冷えた静けさが支配した空間が描かれている。

リルケハマスホイの作品に初めて触れたのは1904年のデュッセルドルフの展覧会で、その年の12月には画家に会うためにコペンハーゲンにまで出向いている。出会うことはできたものの画家があまりにも無口であったために論考執筆はあきらめたらしいが、書かれていたらとても興味深い作品になっていたであろうことは間違いない。

1904年といえば、リルケが唯一の長篇小説『マルテの手記』の執筆を開始した年であって、デンマークの詩人マルテのパリでの孤独と低落の痛ましい日々とその内面を綴りはじめた時期のリルケ自身の内的風景をあらわしたかのようなハマスホイの画風に強く惹かれたのであろう。この時、リルケ29歳、ハマスホイ40歳。詩人と画家という違いはあっても、精神的同族意識を感じていたに違いない。

ああ、僕はどこへ行けばよいのだろう。どこへ逃げて行けばよいのだ。僕の心が僕を押出す。僕の心が僕から取残される。僕は僕の内部から押出されてしまい、もう元へ帰ることができない。(中略)何一つ見えない暗黒な夜。何一つ映らない窓。注意深く閉ざされた扉。昔のままの調度。ただ次々に引渡され、認知されただけで、誰にも理解されたことのない部屋の道具類。階段のひっそりとした静寂。隣室のもの音もせぬ沈黙。
新潮文庫大山定一訳『マルテの手記』より)

廃墟になると予感させる人気のない建物、人のいない部屋、華やぎとは縁のない諦念と冷えた感覚のようなものを感じさせる婦人の後ろ姿をモチーフとして繰り返し描いたハマスホイの作品に、ストレートな感情表現はあらわれないのだが、沈黙が支配する画面からは声にならない霊性のようなものが発せられているようで、永遠化された瞬間の厚みが迫ってくる。そのなかで髪を束ねているのと襟のない服のために高くて丸みを帯びたイーダ夫人の垂直に伸びたうなじは唯一生命を感じさせる力強さがあって美しい印象を与えてくれている。

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目次:
序章 ハマスホイ コペンハーゲンのスキャンダル
1章 時代のはざまで パリとロンドンに現れたデンマークの異端児
2章 メランコリー 誰もいない風景
3章 静かな部屋 沈黙する絵画 

[コラム]
ハマスホイとコレクター 佐藤直樹
ハマスホイが会いたがった人物 ホイッスラー 河野碧
暗示の絵画 ハマスホイと象徴主義 喜多崎親
ハマスホイと写真 佐藤直樹
ノルウェーの美術史家アンドレアス・オベールによるフリードリヒの再発見 杉山あかね
ドライヤーとハマスホイ 小松弘 


ヴィルヘルム・ハマスホイ
1864 - 1915
ライナー・マリア・リルケ
1875 - 1926
佐藤直樹
1965 -