読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

永野藤夫訳『聖フランシスコの小さき花』(講談社 1986)

聖フランシスコばかりでなく、フランシスコ会の兄弟信徒の行状も多く描かれている聖人伝。全53のエピソード。キリストや天使や聖人たちの幻を見ることも、奇蹟を行うことも、頻繁に起きていて、すべて肯定的に描かれている。フランシスコ会発足当初の時代と地域性が後押ししている集団ヒステリーのような側面がおおいにあると考えられるが、信仰による過剰な言動が、どこかほほえましくもあるから不思議だ。世俗的には通常避けられるべきことが積極的に選択され、受苦のなかで恍惚とおおいなる慰めを得ているところが可笑しさをさそう程度に倒錯的である。清貧に徹し、己を極端に低めることで、愛するイエスに近づき、苦を快に転じさせている。その回路のはたらきぶりが物珍しさの域にまで達していて、幸福のうちに自足しているところが、不快感をもたらさない所以であろう。

小鳥に説教する聖フランシスコのエピソードは有名だが、魚に説教する聖アントニオという人もいて、個性的な人が揃っている。

なお、本書は聖フランシスコの一生やフランシスコ会の発足と発展を概観するのにはむかない断片的エピソードの集成になっているので、ほかの伝記や解説書を読んでからのほうがよりよく味わえると思う。


アシジの聖フランシスコ
1182 - 1226
永野藤夫
1912 - 2002