角川刊行の月刊誌『短歌』に2013年から掲載された連載評論25回分をまとめた著作。80代後半の著述。年季が入っているのに硬直化していない探求心がみずみずしい。
長きにわたり実作者として詩歌や評論を読みつづけてきた技巧と鑑賞眼から新旧の作品を取り上げて論じていて大変参考になるが、語り口が軽く、主張が一回一回完結しないオープンエンド型の論述であるために、読み通したからといってなにごとかを成したというような達成感は味わせてはくれない。そこがまた老年期にあってなお途上にいつづける人の柔軟さであり懐の深さであり、それとともに問題にしていることの奥深さでもあるのだが、悠久のなかで日本語の詩歌における定型と自由律を見極めようとする姿勢が、崩れずまた崩れさせない詩歌の歴史と詩歌の実作者の緊張感を持った関係性とともに、一種貴族的な排他性と、諦念にも似た未来への希望というか信頼に裏打ちされていることが伝わってくる、そんな不思議な読後感をもたらしている。
時代を超えて再読しさらにまた再読するなかで生まれる歴史に繫がった新しい試み新しい日本語のかたちとしての詩歌の姿。
本書では岡井隆の孫の世代にあたる平成時代の最新歌人の作品も多く取り上げられながら、読みたくなるように思わせるのは昭和以前の感覚を持った人々である。それは論者岡井隆だけでなく複数の人びとが活動したここ何十年かの時間の篩にかけられて残ったものたちなかでも可能性がいちばん残されている部分に焦点を当てているからなのだろう。
田谷鋭、辻征夫、栗木京子、前登志夫、村野四郎、飯島耕一、立原道造、那珂太郎、土屋文明、藤富保男、日和総子など
岡井隆は日本の詩を考えるという大前提を前にしても、読み手として基本的に享楽できるものしか取り上げていない。その姿勢は一貫していると感じられる。そのなかで読者がほとんどはじめてのように接して魅力的と感じられた詩人に、自分自身の選択でさらに進んでいくことは、おそらく意味があることなのだろうと思う。
【付箋箇所】
15, 47, 73, 120, 154, 164, 168, 190, 196, 227
岡井隆
1928 - 2020