読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

吉川一義『カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』』(中公新書 2022)

プルーストと絵画が専門の著者吉川一義岩波文庫版『失われた時を求めて』の翻訳者でもある。2022年プルースト没後百年に出版された本書は、作品中陰に陽に言及される絵画作品に焦点を当て、長大な作品のさまざまな登場人物と作品があつかうさまざまな差別の現象を、かなり分かりやすく、そして鮮明に浮かび上がらせた、軽快な入門書。人種、同性愛、少年愛、階級、教養、感性。俗物性と芸術の関わり合い。文字だけではなかなか印象に残りづらい個別シーンと人物のはっきりとした輪郭が、収録された絵画の図版のたすけを借りることによって、端的に明確に伝えられている。全208ページに69点の図版が収録されていて、『失われた時を求めて』の案内とともにプルーストの絵画に対する嗜好性もほのかに感じ取れる。フェルメールボッティチェリギュスターヴ・モローレオナルド・ダ・ヴィンチルノワールカルパッチョレンブラント、マネ、モネ、ブリューゲルシャルダン。全篇にわたって特に言及が多いのはギュスターヴ・モローレンブラントで、それにモネ、ルノワール、マネがつづいている。劇的でありながら静謐な幻想性をともなった画面をもった作品が多く引用されているような印象。ギュスターヴ・モローやマネ、モネ、ルノワールプルーストに先行して活動したほとんど同時代の現代作品で、新しい表現方法を切り拓いていった人々であり、プルーストの先鋭な芸術優位の姿勢にもかなった人であったのであろう。セザンヌではなくルノワールやマネなどであるところも社交界を描いたプルースト的な感性のあらわれだろうか。全体的には光の印象を与える黄色が美しく画面を支配している作品が多いことも特徴的で、作中人物で作家のベルゴットの最期、フェルメールの『デルフトの眺望』をみながら「庇のある小さな黄色い壁面、庇のある小さな黄色い壁面」と繰り返しながら倒れてしまった場面を構成していたフェルメール作品の光と黄色の色彩などが、『失われた時を求めて』のシーンとともに引用深く鮮烈に残った。

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マルセル・プルースト
1971 - 1922
吉川一義
1948 -