読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

有田忠郎訳のサン=ジョン・ペルスの詩集二冊 『風』(書肆山田 2006)と『鳥』(書肆山田 2008)

サン=ジョン・ペルスは1960年度のノーベル文学賞を受賞したフランスの詩人。生まれはフランス海外県のグアドループのポワンタピートルで、クレオールの文学としての特徴も持つ。『鳥』には、1962年に書かれた最後の長篇連作詩の「鳥、連作」とノーベル賞受賞記念講演の「詩(ポエジー)」(1950)が収録されている。もう一つの『風』には、1945年作の大作「風」と1959年作の連作時「時を編む(クロニック)」が収録されている。

『風』に収録されている二作は、重層的で緻密かつ入り組んだイメージによって作り上げられているため、作品に馴染む前は、じっくり読んでも全体として十分に享受することはなかなか難しい。濃厚で喚起力の強い詩句から、時に偉大な世界に触れている感覚が生じてくるが、作品全体の構造と全体像から醸成されるであろう、時空間の存在への讃歌の妙なる響きのなかに包まれているような感覚は、3回程度読んだくらいではまだ生じてこない。奥深さと広大さのさわりの部分を感じさせてくれているに過ぎない。まだまだ未知の味わいがあるはずだという思いをおこさせてくれる。

空渡り行く鳥の群れは、「世紀」を貫通して過ぎて行った、その大いなる三角形を解体し、他の時間循環(サイクル)めがけて撃ち込みつつ。そうしてかれらの行く手には数千露里(ヴェルスタ)の距離、あたかも融解する大氷塊のごとく、消え去る空を漂流する。
(「風」より)

『鳥』の連作は、「風」や「時を編む」に比べて書かれている内容を読み取りやすい作品で、ゆったりと読むことができる。作品作成のきっかけは、フランスが生んだ大作家の一人ジョルジュ・ブラックの80歳の記念に、主に石版画の鳥の作品を集めた図録を出版しようと企画された際に、ブラックのリトグラフに添える詩作品をサン=ジョン・ペルスに依頼したことが挙げられる。ブラックの作品から大きな感銘を受けるとともに、以前から鳥というモチーフに興味を抱き、膨大な知識を蓄えていたペルス。詩作をはじめると、絵とは独立させて公表せざるをえないほどの長篇連作となった。結果、ブラックの画集とは別に、雑誌掲載され、後に単独刊行されることになったのではあったが、ブラックの作品から生まれた詩想と、実際の生き物である鳥をめぐっての詩想が、混在したかたちで編み上げられた作品であるため、詩句がとらえやすく、また、ブラックの作品や鳥の情報を読み手が調査しながら、能動的に詩を読むことが可能であり、親しみが湧きやすいものとなっていた。

ブラックの鳥は生き、風を孕んで飛び、燃焼する――生命が凝縮されたもの、生命の不屈な現れである。鳥は植物と同じく、光のエネルギーを同化する。貪欲に生きるので、太陽のスペクトルのうち紫と青を知覚しない。
(「鳥」より)

宇宙的な感覚のもとで捉える地球上の小さな生き物のもつ無限の輝きを、ペルスの詩は感じさせてくれる。また、ブラックの幾多の鳥の作品も、ペルスの詩とともに見られることで、新たな輝きを帯びるであろうことも間違いがない。ブラックの作品を傍らに置くことなく、ペルスの「鳥」を読むことは、遺憾なことであると言える。

『風』と『鳥』の読む順番に関しては、『鳥』から先に読み、「風」と「時を編む」のなかにも出現し、空間と時間のひろがりのなかで飛びまわる鳥たちの存在を確かめながら、ほかの生き物たちや出来事にも視点を移していくという手順を取ったほうが良いかもしれない。

【付箋箇所】
『風』
12, 14, 20, 22, 26, 33, 34, 39, 49, 55, 56, 57, 63, 66, 74, 99, 104, 122, 137, 138, 148, 150
『鳥』
16, 18, 20, 25, 36, 58, 64, 68, 75, 81

www.longtail.co.jp

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サン=ジョン・ペルス
1887-1975
有田忠郎
1928 - 2012
ジョルジュ・ブラック
1882 - 1963

参考:

uho360.hatenablog.com