読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 上』その3

妄念と浄化の往復運動でこころの地固めをしているかのような感覚を味わう。上巻全30曲通覧完了。

【女郎花】
行き違いでそれぞれ入水して死んでしまった小野頼風夫妻の霊と旅僧との劇

頼風心に思ふやう さてはわが妻の女郎花になりけるよと なほ花色も懐かしく 草の袂もわが袖も つゆ触れ初(ソ)めて立ち寄れば この花恨みたる気色にて 夫の寄れば靡き退き また立ち退けばもとのごとし

 こちらにも南無幽霊出離生死頓証菩提(ナムイウレイシュツリショオジトンショオボダイ)が出てくる。
「どうか幽霊よ、生死の迷いを離れ、すみやかに成仏し給え」と言ったところらしいが、やはり僧が「南無」と使うと帰命の意味合いが醸されて変な感じがする。

 

【杜若】
杜若の精と旅僧の交歓の劇

袖白妙の 卯の花の雪の 夜もしらしらと 明くる東雲の あさむらさきの 杜若の 花も悟りの 心ひらけて すはや今こそ 草木国土 すはや今こそ 草木国土 悉皆成仏の 御法を得てこそ 失せにけれ

 

【景清】
平家の猛将景清と娘の再会と別れの劇

かしましかしましさなきだに 故郷の者とて尋ねしを この仕儀なれば身を恥じて 名のらで帰す悲しさ 千行(センコオ)の悲涙袂を朽たし 万事は皆夢の中(ウチ)のあだし身なりとうち覚めて 今はこの世に亡きものと 思い切りたる乞食(コツジキ)を 悪七兵衛景清なんどと 呼ばばこなたが答ふべきか

 

【柏崎】
越後柏崎殿家来小太郎が主人の死去と息子花若の遁世を越後柏崎殿妻に報告、狂乱した母が少年僧となっていた息子と再会する劇。

電光石火(セキカ)の影のうちには 生死(ショオジ)の去来を見ること 始めて驚くべきにはあらねども 幾夜の夢と纏はりし 仮りの親子の今をだに 添ひ果てもせぬ道芝の 露の憂き身の置き所 誰に問はまし旅の道 これも憂き世の慣らひかや

 

【春日龍神
入唐渡天を望む明恵上人とそれを引き留めようとする春日龍神との劇

神託まさにあらたなる 神託まさにあらたなる 声の内より光さし 春日の野山金色(コンジキ)の 世界となりて草も木も 仏体となるぞ不思議なる 仏体となるぞ不思議なる

 

【葛城】
三熱に苦しむ天の岩戸の神跡葛城の女神と羽黒山の山伏との語らいの劇

葛城山の岩橋の 夜なれど月雪の さもいちじるき神体の 見苦しき顔ばせの 神姿は恥づかしや よしや吉野の山葛 かけて通へや岩橋の 高天の原はこれなれや 神楽歌始めて 大和舞(ヤマトマイ)いざや奏でん

 

【鉄輪】
夫に捨てられた女の生霊と陰陽師晴明の劇

恨めしやおん身と契りしその時は 玉椿の八千代 二葉の松の末かけて 変はらじとこそ思ひしに などしも捨ては果て給ふらん あら恨めしや

 

【兼平】
今井四郎兼平の霊と旅僧の語りの劇

木曾殿の御内に今井の四郎兼平と名乗りかけて 大勢に割つて入れば もとより一騎当千の 秘術を現はし大勢を 粟津の汀に追つ詰めて 磯打つ波のまくり切り 蜘蛛手十文字に打ち破り駈け通つて その後自害の手本をよとて 太刀を銜へつつ さかさまに落ちて 貫かれ失せにけり

 

【通小町】
小野小町の霊、深草の少将の霊と八瀬の僧の語りの劇。百夜通いの再現。
こちらにも南無幽霊が出てくるが、すこし後が異なる。南無幽霊成等正覚出離生死頓証菩提(ナムイウレイジョオトオショオガクシュツリショオジトンショオボダイ)。観阿弥

暁は 暁は 数かず多き 思ひかな わがためならば 鳥もよし鳴け 鐘もたっだ鳴れ 夜も明けよ ただ独り寝ならば 辛からじ

 

【邯鄲】
盧生の邯鄲の枕の劇

げになにごとも一炊の夢 南無三宝南無三宝 よくよく思へば出離を求むる 知識はこの枕なり げにありがたや邯鄲の げにありがたや邯鄲の 夢の世ぞと悟り得て 望み叶へて帰りけり

 

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伊藤正義
1930 -2009